5月

玻璃越しにOL美(は)しき薄暑かな

地下街を出でて眩(まばゆ)き薄暑光

青年がひとり過りし麦の秋

麦秋やローマ字日記書きし日々

麦の秋老人のゑみ若々し

恋人の太つてしまふ麦の秋

緑さす胃腑なき父の白粥に

葉桜の影踏みふみて墓につく

かたつむりこんなところに明日がある

死ぬ人の機嫌よろしき風五月

だらしなく暮らす卯の花腐しかな

若き母いますまなうらの紫雲英田(げんげた)に

河原町ぶらぶらとして春惜む

夏めくや青年僧の頭(ず)のあをき

樹の影のけふ美しき薄暑かな

君抱かな麦秋の雨に濡れ

書肆を出で画廊に入るも五月なる

余花一樹山蝶一つ遊びをり

余花咲(わら)ふ置いてけぼりの老人に

昼寝覚この世に生くるほかあらず

打ち水の玉の追ひこす二年坂

嵐の夜ひときは光る水中花

青嶺へと入りゆく少しけものめき

雪渓を辞す死にし人そのままに

星蒼き旅の夜空の冷酒かな

淋しさを肴としたり冷し酒

サーファーのゆきずりの恋薄暑なる

薄暑なるグリルにハヤシライス食ぶ

夕凪いで阪神がまた負けてゐる

死ぬ人が蕎麦食ひたしと薄暑かな

梅酒のむ母の遺せしものとして

顔あげて眼を見ひらけよ夏が来る

虹懸れども不幸な者はうつむく

たまさかに小さき幸あり虹しづか

わけありのふたり短夜に隠れ得ず

また妥協して喪ひし青胡桃

朝焼が癌とたゝかふ父染むる

朝焼て大東京といふ廃墟

勤めゆく眼に虹消えてゆく消えてゆく

遠雷の更にとほくに恩師かな

聖五月卒然と父死にゆけり

亡き父の白靴を捨つ決意して

振り向けど亡き父は亡き端居かな

遺影なる父の眩しき薄暑かな

母の日に父の遺影を並べけり

母の日のとうとうひとりぽつちかな

母の日の母を訪ぬる供華もちて

亡き父に先づ水替ふる夏暁かな

万緑のひとひら供へし水に浸く

慟哭も哄笑もあり大西日

父の忌の裸でのぼる夏の月

位置変へず亡母への西日遮りし

長子として亡父と真向ふ西日中

モンゴルの若者元気五月場所

舞扇死装束(しにいでたち)の父の辺に

風鈴の音の中なる亡父と亡母

亡父のごと端居をすれば猫侍る

蝸牛(ででむし)や父逝きし日もとほくなる

父逝きし空の漠(ひろ)さや桐の花

供華捨つる未だ開かぬ百合もろとも

朴散華(ほおさんげ)看取らずに父逝かせしよ

牡丹(ほうたん)の花も崩れよ父の死に

冷奴通夜の酒にも酔うて候(そろ)

父の死に身をちぢめをる蝸牛

夕虹に哀しく酔ひてしまひけり

虹二重亡父よ亡母へと行き違ふな

亡き母に亡き父の逢ふ虹の橋

目裏(まなうら)の夕焼や父と海にをり

父の死もとほざかりゆく夕端居

珈琲を愛でし父亡き朝ぐもり

父母の遺影にうつる七変化

夏草の欝と勢ふ父の死後

風鈴吊る亡父の打ちたる釘いまも

涼しさが淋し父母亡き父母の家

写し絵の父母ゑまふ雷雨かな

亡き父の夢より醒むる白雨かな

父の死後父の金魚に見つめらる

藻の花が透き亡き母を想はしむ

静けさの萍(うきくさ)かろし蝶かろし

青葉木莵(あおばずく)ネオンの赤き灯が遠い

青葉木莵とほくネオンの明滅す

遠街(おんがい)の灯の美しき青葉木莵

青葉木莵裸電球一ッ点く

父逝きし日より聞こゆる青葉木莵

祖父母父母遺影に並ぶ夕焼かな

汗しとど「考ふる人」画けり

滂沱たる汗や泪を押へても

感情殺し骨拾ふ熱さかな

喪の疲れ出でて卯の花腐しかな

出そびれて悔ゆる卯の花腐しかな

ラヂオでも鳴らす卯の花腐しかな

卯の花腐し淋しくテレビつけにけり

亡き父の地味なハンケチ身に薄暑

いつのまに老けしか己れの裸見つ

人寄ればいつも端居をしてひとり

焦点をさだめぬ眼して端居かな

夜の蟻父亡き家に迷ひをり

羽蟻翔つ父亡き小家捨つるごと

踏みて知るそこもかしこも蟻地獄

夜の蟻が這ふ漠々と未来あり

汗かいていつも遅れて来る男

汗ひいていよいよ淋し荼毘(だび)のあと

走り梅雨父に灯せば燭うるむ

打ち水に風生れたる京の坂

ダリアかなし華麗に生きて君不幸

朴の花遠目に見ゆる衣更(ころもがえ)

父の死に少しく痩せて衣更

父逝きてしんじつひとり夏座敷

大の字に寝ねてひとりや夏座敷

夜店哀し毛脛の男ひよこ売る

緑雨に濡れ少年草の匂ひせり

片蔭に逢ひかりそめの恋ならず

片蔭に唇うすきひとと逢ふ

ビル並みて裏街といふ片蔭あり

亡き父のサングラスして独歩せり

青林檎父に供へて夜も浄ら

青林檎若く貧しき日々ありき

肌脱いで昔の兵の戦傷(いくさきず)

月光に女身の白きテラスかな

涼しくて淋しいひとの独り言

自らに放縦ゆるし籐寝椅子

愛あれば憎あり毛虫焼く火見る

ロッククライミング人体やはらかし

父といふ大緑蔭を喪ひし

児が駈けるおはぐろとんぼ飛ぶ速さ

真清水を掬(むす)ぶ拝みし掌をひらき

泉に倒(たふ)れ白骨となりし木あり

などて死を思ふ滾々たる泉見つ

泉に映る中年の貌恥ぢて

水紋の昏らさ泉も貌をもつ

喪疲れなれど夏痩せといふことに

蟷螂生(あ)れ少年に性の目覚め

ひとの文船より捨つる卯波かな

マネキンの臍のあらざる水着かな

「蛍」七句

蛍舞ふ行く方よりも来し方に

青蛍見つけて呼ばむ逮夜かな

灯を消して遺骨に点す蛍かな

蛍火やいま静かなる修羅の場(にわ)

万骨の風化を舞へる蛍かな

一期一会ほうたるを見て夜を明かす

亡父の蛍亡母の蛍と見てをりし

東京夕焼群れてゐて皆孤独

墓のごとビル群立てる大西日

父の死に慣るるほかなき端居かな

父亡き家いづくにゐても端居に似る

五月闇亡父のコロンの香が残る

父の亡き自由淋しき麦の秋

衣更へて父喪ひし頼りなさ

亡き父の記憶汚して蝿が飛ぶ

風薫る早や父の死を過去にして

父の死のなかりし如く風薫る

ブラウスの肌透けてゐる夏の雨

捨て忘れし亡父の庭下駄木下闇

父の死後泪もろくて梅雨めきぬ

百貨店ありし跡地の西日の朱

赤ン坊の泣き声満ちて路地西日

西日の部屋に憎しみを力とす

ティッシュ配る男に西日が貼りつく

美しき死などあらざる西日かな

夏座布団七日七日の過ぎゆける

しがらみなき己(し)が恐ろしき夏の河

永遠の父の不在や夏座敷


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