4月

瞑(めつむ)ればすぐにまどろむ春深き

春深き旅をおもひて旅に出ず

ねもごろな招きの便り目借時(めかりどき)

子を生さぬ世に無限なり松の芯

閑として単線の駅竹の秋

土筆出づ母の亡き子に摘まれむと

若草に捨てられしこと知らぬ猫

すれちがふ花人の列葬の列

花時をちゞめて繊(ほそ)き雨が降る

遅日なる狒々(ひひ)をからかひからかはれ

地下茶房の香にひたりゐて春深し

春深し濃き珈琲を所望して

朧夜の鯉の口より吐息かな

机上の紙みな新しき四月かな

四月なりデータ打ち込む初心な指

御破算で願ひましては四月かな

春深くもの思ふこと多かりし

いつしかに無限小数春愁ひ

春愁や円周率に果てがない

鶯(うぐいす)の双の丘の谷渡り

鶯や双の丘に丘三つ

鶯の次のこゑ待つ朝寝かな

地球の裏へ日永なる滑走路

鳥雲に別れの一語言はでけり

東山いよゝ真闇に花篝

春睡に淵瀬のありて愉しめる

太き雨乗込鮒(のっこみぶな)を増やしけり

花の下別れてひとりひとり去る

花吹雪これを最後の逢瀬とす

花菜晴あかるき絵具どつと減る

野仏のはにかむ如し山桜

山桜紫紺の夜空かゝげけり

かんばせの晴れがましさや花明り

歓声の木霊してゐる山桜

十三詣悔いのごとくに思ひ出づ

春愁の眼鏡の鼻に重かりし

桜餅食うぶ幸せ午後にあり

其処にゐて遥かなひとよ風光る

長々と字幕出で来し目借時

暮れ遅し三本立テの映画見て

春疾風ちから残して人死せり

麗日の鏡に窶(やつ)す少女かな

揚雲雀きらきらとこゑ撒きにけり

春愁やデスマスクにもなほ色気

見回してやつぱりひとり花曇

花曇不意に己れがたよりなく

啄木の如く手を見る花曇

人形の秋波気になる春の夜

我になほ未知の人生鳥雲に

黄沙降るいまなほ迷ふ人生に

春寒や人の減りゆく外資系

「考へる人」のほとりの日永かな

春蘭けて飴煮の小魚旨かりし

春満月淋しき星をかき消しぬ

夜桜を見て真暗な部屋に帰る

夜桜を離れて現し身にもどる

タクシーを拾ふ女人や花の雨

春愁や仕合せさうな去勢猫

春愁を隠すこころの奥の部屋

蝶を殺し標本にして心足る

明易き時計を見やる女かな

春惜む人形は早や水着きて

花散りてまた鉄骨の空がある

春眠き釣糸をひく魚のをり

寺に嫁して散りたる花を掃きてあり

茶店にて日照雨を過す花衣

水底の蟹のしづけき花明り

山国の隠れ里めく遅桜

卒然と海見はるかす山桜

人を厭う一樹はなるる花愛し

遅桜比叡出で来し水青き

たわいなき手品よろこぶ万愚節

長閑さの不意にさみしきひとりかな

霞むかな望遠鏡に近づけても

望遠鏡十分百円山笑ふ

耕土撥ねてをんなの頬を汚しけり

春夕焼鬼がべそかくかくれんぼ

若草に意志あり風に靡きつつ

若鮎を見てゐる未来信じたく

うろついて眼鏡を汚す暮春かな

遠くにも一人佇む暮の春

老人の一日座る暮春かな

翔び飽きし鳥の如くに暮春かな

春惜む悔の如きを持ち歩き

たまさかに御苑歩きし花疲れ

壜詰の便りを海に春惜む

春空に懸りしままの梯子あり

晩鐘の懈怠(けたい)にも似る暮春かな

酒やめんと思ひし春も暮れにけり

暮春なり広間の障子開けしまま

蛍烏賊硬き目玉が歯に障る

蛤つゆに夕青空の餉(げ)となりぬ

桜鯛島から島へ君嫁ぐ

白無垢のひとくれなゐの桜鯛

まだ生きてをるとか云うて栄螺(さざえ)食ふ

鴉の巣見ると鴉が睨みをる

ひばりの巣あり大空への近道

嘴を触れ合ふ鳩の四月かな

使ひ捨ての傘に花が散つてゐる

桜桃花咲く月山を遠くして

桃咲いて水美しき夜となりし

一姫に二太郎となり桃咲きぬ

母系家族桃を咲かせてよく笑ふ

白もくれん背中を向けて裸になる

白蓮に没日亡びの火の如し

赤光の白木蓮に飛び火せり

夕闇や白木蓮の昏れ残る

藤夕べ風華やかに吹き疲れ

藤咲けば逢はむきものの似合ふひと

梨咲いて歩けば歩くほど淋し

散りし花踏みにじられて啄木忌

花散らす冷雨となりし啄木忌

父が炊く見やう見まねの菜飯かな

独りの餉なにはなくとも白子干(しらすぼし)

白子干侍れる猫に少しやる

花かんばまだ冬物を着て歩く

花楓もの言はずともわかり合ふ

いしぶみのほとりゆかしき濃山吹

風の中花海棠と未亡人

諸子食ぶ湖になほ夕明り

淡海や安宿なれど本もろこ

家主がかはりつばくろ来ずなりし

悲しき碑あり枳殻(からたち)の香の中に

李咲く過疎の記憶につながりて

若葉喰みをるキリンといふ静けさ

葉桜の道若者に追ひ抜かれ

辛夷咲く痛いくらいに空の青

存へて哀しき父が種を蒔く

傷みつつ躑躅(つつじ)燃えをり通夜の庭

会社訪問またも躑躅が咲いてゐる

病む父の呉れし時計も春愁ひ

接木して先立たれたる男かな

綿菓子の儚さを食ふ春の夢

しらたまの飯(いい)あれば足る白子干

やはらかき筋ひかれてきえて燕かな

早や春蝉朝刊読みて腹立てて

今じぶん朝刊を読む昼蛙

芝萌えて耀(て)れり鉄条網の中

花疲れまなこひつそり洗ひけり

恋猫を己が子のごと案じをり

初蝶と出逢ふもけふの縁(えにし)かな

恋の夜や月の纏(まと)へる薄衣

片恋の暗き瞳や若葉寒

豚走り鶏鳴き春を終らしむ

花は葉になれどけふはきのふのつづき

春惜む飽かず流るる大河見つ

喪ひしものを数ふる夕焼かな

春愁やいつ何になるこの空地

春愁の卵を卓に立てむとす

母に先づ供へて来よと桜餅

廃校となりし母校や鳥雲に

父癒えて遅日の無為を愉しめり

誰からも好かるる人の春愁ひ

悲しみに終る恋なり二輪草

喪のひとの構はず濡るる春驟雨

黄昏の花舗にしばらく春惜む

執拗に蝿めぐり飛ぶ聖書かな

神泉苑美(くわ)し水とて亀の鳴く

陽炎ふや昭和時代のビルもろとも

地図見れば地図も陽炎ふ我もろとも

来し方も行くべき方も朧かな

葱坊主老婆死んでも生えてくる

鼓笛隊人形のやう草若葉

チンチン電車走つてをりし柳かな

少年は老いふらここにまた揺るる

初恋は実らず杳(とお)きヒヤシンス

振り向くな捨仔猫より離れゆく

菫咲く地価下落せし野辺なれど

草餅と煙草一箱供へあり

朝顔蒔く訃報聞きたる日の午後に

花は葉に別れしひとは母になる

菜の花やすぐ朝になる窓のあり

日の永さ四十七年短しよ

若芝やみんなアメリカ兵の墓

柳絮とぶ母のたましひ遊ぶごと

人中にたましひ遊ぶ柳絮かな

嚏して消えてしまひぬ蜃気楼

蜃気楼と知りつつ手を振つてをり

海市(かいし)にも出船入船ありにけり

海市にも恋するをとこをんな棲む

シクラメン歓ぶものは反り返る

球根を埋めしけふのしづごころ

行く春のゴリラも夕陽見てをりし

若葉寒む数多の猿に見つめられ

街行けばカウントされて春愁ひ

人に倚り人を避けつつ春愁ひ

父も呼びメロンを切りて春惜む

窓全開マンゴー食うべ春惜む

春惜むチャペルの鐘の残響に

昂ぶりて星語る夜や病む同士

人形を相手に泣く子鳥帰る

藤咲いて今たけなはの女だち

鮒(ふな)喰めば水朧なる近江かな

花は女(め)の身葉桜は男(お)の身かな

耕人の貌縄文の裔(すえ)と思ふ

はんなりと死なはりました花は葉に

春思あり晩年運といふ手相

永日の弥勒の半跏(はんか=あぐら)真似てみる

東京の光芒へ逃ぐひとりむし

春たけなはシャボンまみれの犬逃げて

一人やめ二人やめして海女老いし

春蝉を聴く身まかりし人思ひ

木の芽時なんぞ身まかる人多き

蕗を煮て町家奥よりうすみどり

花明り乳房のかたち皆ちがふ

約束のときまで待てぬ落花かな

しあはせに小説終る花は葉に

いつ来ても海のぞむひと勿忘草(わすれなぐさ)

一人静見つけて一人ぽつちかな

東京を捨てて来しとて耕せり

レコード屋にレコードなくて啄木忌

マンガ読むをのこばかりやみどりの日

静かなる書肆の遅日を愛しけり

針穴を貫けし白糸春空へ

瞑れば憶ひ湧きいづ水の春

薄れゆく記憶さみしき春霞

蛍烏賊光りて昏らし裏日本

図書館へゆく愉しみの遅日かな

二階にはまだ誰もゐぬ朧かな

朧夜へ鯉の口より大泡(おおあぶく)

我楽多と云へばがらくた春焚火

蝿生れて愚かな円を描きをり

残る鴨人に見られて眠りをり

鳥引くや太秦映画村暮れて

雁帰るテレビに古き時代劇

山蝶の眼下に峡(かい)の水一縷

バタフライナイフを拾ふ蛇苺

帆立など舌にころがし春惜む

母逝きても父の純情朴咲きぬ

春雷が女のにほひ漂はす

鴉の巣わたしの家の物もある

春風や亡母の揺椅子揺れたやう

銭亀の甲羅の花片知ることなし

獣園の花黒豹の眼にも散る

老人の孤独呆けきる蒲公英(たんぽぽ)

無農薬家庭菜園紋白蝶

ビルの壁に挫折する春風あり

桃咲いて夜も明るき水面(みなも)あり

精一杯媚びて悲しき捨仔猫

木屋町の朧へ貝を食べに入る

朧へと祇園石段下さがる


BACK  俳句新作 田畑益弘俳句の宇宙HOME