俳句 田畑益弘俳句の宇宙

田畑益弘 俳句 短歌


1999年1月〜3月

4月

春水でつくる透明になる薬

民主主義とは囀(さえず)れる一樹かな

春落葉たれも見てゐぬ刻に散る

黙(もだ)深き家族会議や仔猫捨つ

逃ぐるしかなくて中年陽炎(かげろ)へり

鳥の恋一夫一婦と思はるる

いつどこでなにがどうして囀れる

花冷えや焦(じ)らされてゐる長湯浴み

亀鳴くや神泉苑(しんせんえん)の水面鏡

ゆび先に蝶の鱗粉白昼夢

標本にせねばこの蝶愛せざる

蝶博士蝶に埋もれて娶(めと)らざり

菓子箱に蝶閉じ込めて来し原罪

蝌蚪(かと)のくに幼なともだちみんな棲む

蝌蚪見をり吾が失ひし幼な顔

ガラガラの映画館好き花の昼

春昼の螺子(ねじ)が一本抜けてゐる

難民が平和な国でキャベツ剥く

寄居虫(やどかり)のよちよちありく波が来るよ

雑俳

みんな死んで回転木馬まはりをり

むかしへと回転木馬帰りたい

どん底ややくざ映画のみ愛して

あの世へとつづくマラソンかも知れず

修行僧並(な)みて刺身のごと光る

昭和杳(とお)し思ひ詰めたるカーキ色

鯨見て自殺やめたる大男

花盛り喪の数人の通り過ぐ

落花一片喪の人の背にふととまる

花時や汝(なれ)の体温思ひ出づ

春睡の肩の翼がもげてゐる

吾が約束汝(な)が約束に花散り散る

野仏の鼻缺(か)けてゐる春の塵

春の蝿しまらく雲にとまりをり

目裏(まなうら)に雨の音せり睡花(ねむりばな)

春潮の人面岩のあぶくかな

恋をしてよく水舐むる猫となる

小鳥屋のしづまりゆくや春夕焼

大いなる海市(かいし)なれども風に消ゆ

光秀を尊べる里栗咲きぬ

春の海とほき戦争たれも知らず

春蝉を鳴かせひそひそひそひそと

一兵卒カーキ色なる写真にて思ひ詰めたる貌(かお)せるは父

Balkanは火薬庫なりと習ひしがあれから何年経ったのだらう

理科教師白墨折りて冴返る

長閑(のどけ)さの海に国境ありにけり

春水の表面張力限界だ

口笛や中年の眸に蜃気楼(しんきろう)

新樹光(しんじゅこう)婦警の襟の真白にぞ

春の闇真白き踵(きびす)見しやうな

花咲いて必ずたれか鬱(うつ)の人

バスガイド訛ればなまるほどうらら

哄笑や春の浜より髑髏(しゃれこうべ)

小指とは恋人のこと朧(おぼろ)の夜

蜃気楼中年にのみ見えてをり

春の波しづか攫(さら)ひし後のごと

朝寝して床屋は今度ゆくとする

くり返しアムロ(安室)聞こえて日永なる

朧より現(あ)れて朧に入る般若(はんにゃ)

かげろふを見にかげろふに入る子かな

休日や鶯(うぐいす)鳴いて猫覚めて

少年のやうな女教師遠足に

もの買ひて小銭の増ゆる日永かな

修道女(シスター)の頬うつくしく春暑き

春惜む眸(ひとみ)のやうにうるむ星

泣いてゐるやうな星見て春惜む

プラトンのイデアの如く風光る

ふたりぽつちに春の夕焼ピアニシモ

藤波に和装のをみなまぎれけり

べたべたと濡れ足の夏近づき来

春深き沈黙といふ怒りかた

ビル消えて朧にのこる暮らしの灯

春陰に固く口止めして別る

早や蝶の骸(むくろ)を見たり啄木忌

黒猫の黄金(きん)の眼二ツ春の闇

深呼吸すれば花菜の黄に染まる

真つ直ぐに翔びたい鳥に春疾風

我が影も地にぽつねんと春惜む

夏めいて秘密の育つ藪のあり

別れ霜父の気管支過敏なる

どかどかと新入社員居酒屋に

木屋町(きやまち)の落花移ろふ先斗町(ぽんとちょう)

目裏(まなうら)になほ咲き誇る花疲れ

しまらくを花散るやうに日照雨(そばえ)せり

花曇(はなぐもり)黄身透けてゐる茹で卵

風光る元素と元素かち合つて

葉隠れに若き五月の鬱ありき

風船の割れて現(うつつ)に戻りけり

天下泰平風船の割れしのみ

人間に重たき頭(ず)あり目借時(めかりどき)

白繭(しらまゆ)に眠りてゐしがベルの鳴る

サイネリア死にゆく人に嘘をつく

春風はときどきナイフ人の死ぬ

勿忘草(わすれなぐさ)孤独が好きで淋しがり

夜爪切りてしみじみ孤り青葉木菟(あおばずく)

嘘にうそ重ねて春の虹にする

明易き若者の頭(ず)のひよこ色

万緑の裏に無数の墓がある

南風(はえ)吹いて龍馬の眼(まなこ)いや細き

くちづけは口紅の味明易き

短夜や忘れてゆきし耳飾り

死ぬ母に癌と告げ得ぬ汗ありき

春疾風モンローの脚君は見たか

朧とも排気ガスともおもはれて

よそ者が歩けばいつも青あらし

寝不足の眼(まなこ)にいつも井守浮く

蟇蛙(ひきがえる)己れそんなに偉いのか

猫迷ふ蜥蜴(とかげ)をとるか蜥蜴の尾か

開店休業青大将がとほるのみ

鉄路錆びて勝利の蜥蜴光りけり

大曲(おおわだ)を蛇渡りゐて昼深き

春風のひよこのやうな髪のいろ

蛇の衣吾はわたしを生くるのみ

したたかに京女老ゆ簾(すだれ)かな

郭公(かっこう)を聞くたび家路はろかなる

夜鷹啼く冷めたコロッケ食べをれば

青蛙色盲検査かも知れぬ

働き蟻の眼中にないわたし

働いてなんで堕とさる蟻地獄

生意気なくらゐが良くて子かまきり

白夜にて遊び疲れし花ばかり

生花より造花美し白夜かな

ごきぶりが戒厳令の夜を嗤(わら)ふ

何故に蚯蚓(みみず)に生(あ)れて釣針に

一歳の仔犬のお墓木下闇(こしたやみ)

噺家(はなしか)の死に急ぐ日や余花白き

晴れたるに引つ込み思案かたつむり

雨降れば喜ぶ課長でで虫か

謀(はかりごと)してゐるらしい壁に蜘蛛(くも)

夜鷹啼きけふがきのふになつてゆく

青蔦(あおつた)やスカラ座といふ喫茶店

都踊りポップコーンが欲しくなり

陽の中へ国捨つるごと羽蟻翔(た)つ

マネキンと思ふ裸体の朧かな

静けさが蜘蛛の巣となる未来形

かの蜘蛛は幾何級数を知悉せる

蜘蛛の巣が馬鹿な男を待つてゐる

明易しもう脱ぎやうのない肢体

渦潮見る夫婦にあらぬ汝と吾

うちとけぬ新任教師若葉寒

ごつい背が邪魔飯屋(めしや)の扇風機

玉葱を剥く美しき小鼻かな

サングラス掛けてひよこを売つてゐる

うららかやブラウン管の人殺し

麦秋の少年の眸が少女追ふ

古書売りて二束三文啄木忌

春水やダムの底なる朱の鳥居

千万の畸形の蛙出て囃(はや)せ

鳥帰るわが学舎(まなびや)は廃校に

燕迷はずスクランブル交差点

切株に座して木になる春の夢

「国防色」「赤紙」「帝都」「千人針」お化けは死なないゲゲゲのゲー

母の日の亡母の三面鏡磨く

憲法記念日大欠伸(あくび)して泪出る

憲法記念日歌ふは女ばかりにて

昏るること日の忘れゐる花蜜柑

長すぎる生命線も春愁ひ

夕薄暑水割りにせし琥珀色

痩身の汝(なれ)の涼しき褥(しとね)かな

短夜や要件のみとEメール

白夜よりとどく迷子のEメール

万緑や孤独死といふ新たな死

神輿(みこし)かつぐや東京を捨てて来て

祭り赫(あか)し火星接近せる夜を

青空に陽を張り出して五月場所

食へずとも戦場よりはましと云ふコソボの民は石の貌(かお)して

悲しくて悔しくてコソボの民が哭いてゐるコソボを見つめつつ

困憊(こんぱい)し他国の地(つち)に蹲(うずくま)るコソボの民は石のごとくに

(NHK「クローズアップ現代」の映像より三首、4月27日夜)

苺ほほばり順風の日々ありき

蛇苺密会の地の目じるしに

早苗とふ孫ゐる婆(ばば)の早苗取

はろかなる記憶の森の青蛙(あおがえる)

さくらんぼと乗る「月山」といふ列車

鯖火(さばび)へと鯖の清冽なる流れ

芥子(けし)の花書けども書けども空虚なる

暮遅しペット自慢を聞かされて

花は葉に手話覚えむと君の言ふ

5月

過疎の空柿の花などこぼしけり

花柚子(はなゆず)のかほりに逢ふと決めてゐる

カーテンをレースにかふる緑かな

貪欲(どんよく)な葉緑素なり五月とは

プラタナスとヘリコプターが似合ふ五月

群集の中の孤独よ聖五月

汗にほふ犇(ひしめ)いてゐる淋しさに

ぽきぽきとゆび折りながら夏が来る

シャワー浴み虹纏(まと)ふ君時よとまれ

端居(はしい)へと火星近づく時々刻々

百年後想ふ端居へ星の降る

少年と泉を汚(よご)し通り雨

うごかざる男噴水終(しま)ひても

君ひと齧(かじ)り吾ひと齧り青林檎(あおりんご)

守宮(やもり)ゐて寝物語を聴かれけり

きつと盗聴器守宮のふりをして

自転車でゆけるだけゆき蛇捨つる

夏草や売地と赤く書きしまま

十薬(じゅうやく)や袋小路に住み馴れて

連休の終りは無人月見草

(かび)臭きマルクスエンゲルス捨てず

青胡桃(あおくるみ)若き乳房は反(そむ)き合ふ

針のごとまた糸のごと著莪(しゃが)の雨

蛆(うじ)がゐるから人間もゐる筈だ

しのび逢ふによき卯の花腐(くた)しかな

夏野ゆく修司の帽子拾ふべく(わが夏帽どこまで転べども故郷・寺山修司)

悪道(あくどう)をゆきゆきてつくお花畑(はなばた)

現身(うつしみ)より影うつくしき春逝きぬ

久方のベートーヴェンに春惜む

夏立つや地球を見たい望遠鏡

空蝉(うつせみ)を踏みし子踏みしことしらず

壁に貼るアブストラクト五月病

不良少年お花畑に独り来る

明易きシーツのくぼみ残しけり

聖書繰(く)る蟻を殺(あや)めしゆびの先

スクリーンセーバのやうに花散りぬ

夏草やふぁうるふらいを打つなよな

軟球が見つからなくて蛇苺

校舎裏蛇がゐるとかゐないとか

暮春なり母逝きしこと言ひ云はれ

蜻蛉(とんぼ)生(あ)れ心のどこか軽(かろ)くなり

明日があるさサルビアの花時計

蛍火を見をり真水を含(ふふ)みつつ

夏ともしひとつ男がひとりかな

蛍火やひとを恋(こ)ほしむゆびの先

西日中裸電球点(つ)いてゐる

羽搏(はたた)いてガラスの好きな蝶のゐる

ウォークマン飽きたる耳に風薫る

白靴を汚す夕日の余力かな

西日して鉄道員の襟汚す

西日中子供が泣けばまた叱る

蛍の夜六甲の水のみますか

終ふまで花火見てより手をつなぐ

遠花火終らぬうちに死にませう

一時間一本のバス春惜む

水草が咲くよ母なき子のために

瞑(めつむ)れば遠花火よりとほきもの

嵯峨野とはこの辺りなる竹落葉

少年とも少女とも見え山桜桃(ゆすらうめ)

杏(あんず)熟れ少女にひげが生(は)えてゐる

少年の恋さやさやと糸とんぼ

くらぶればをんながつよし夾竹桃(きょうちくとう)

人死んで枇杷(びわ)うつくしく太りけり

病葉(わくらば)を踏みて零時を急ぎけり

病葉の最期ハイヒールに踏まれ

都市昏(くら)し病葉にあを残りつつ

こほろぎや防空壕といふところ

雲海(うんかい)は神が会議をするところ

虹の下通勤地獄はじまりぬ

英雄の死と猫のお産に朝焼る

夏痩せてキリストに肖(に)る男かな

目玉焼の黄身が氾濫して夏だ

片蔭に入りて活魚の如き貌(かお)

夏の月ジーパンだけが乾かない

泥んこになるも祭りのメニューかな

どうしても斎王代(さいおうだい)と眼が合はぬ

糸とんぼ耳打ちされて耳打ちし

夕焼て誰もしあはせふしあはせ

新宿は坩堝(るつぼ)よまして夕焼て

蜜豆やゴシップばかり聞かされて

芒野(すすきの)を亡母が帰つてゆくところ

泡盛(あわもり)に酔(え)ひて日本人(やまとんちゅ)と呼ばれ

梅雨晴れ間過去にペンキを塗つてゐる

啄木の可哀さうではないところ拾ひて読みぬ啄木伝に

気掛かりはひまはりといふ目撃者

悪党に懐(なつ)いてをりぬ錦鯉

昔から金魚が好きで小市民

未亡人花くちなしの香に住めり

青あらし帽子も裾も押さへけり

君抱かむ股間をとほる青あらし

萍(うきくさ)にあきつの重さなかりけり

パトカーのドップラー効果五月闇(さつきやみ)

古傷の縫目(ぬいめ)のしろき更衣(ころもがえ)

しろき金魚亡母(はは)のかはりに生きてをり

夕焼て猿(ましら)も人も声出さず

コンパクトパチン緑蔭を出てゆきぬ

すぐ嘘と知る香水の加減かな

よく見れば厚化粧なり明易き

すつぴんの君うつくしき避暑の荘

アイスティー追加話が途切れがち

明易いから蛍光灯のしやつくり

夜食せりカレーライスの皿膝に

笑ひすぎて向日葵(ひまわり)うなだれてゐる

夕凪(ゆうな)げば酔ひどれ舟を呼んでみる

波白く赤帝(せきてい)の裾洗ひをり

水着被(き)て将棋を指してゐるばかり

ビキニ着て吾が身跨(また)いでゆきにけり

放心といふこと瀑(たき)を離れつつ

男にも鬱の日滝を見て飽かず

水着被て劣等感も剥き出しに

麦を刈る鋼(はがね)の如き老いを見よ

東京のひとりぽつちの灯の涼し

サングラスネオンばかりがよく見ゆる

亀の子の買へばすぐ死ぬ仕掛けかな

片蔭(かたかげ)に育ち片蔭憎む子よ

吾が影が吾を支ふる日の盛り

バス降りて五分目高の滅ぶ町

じりじりと汗徒(いたずら)に時過ぎて

テレビゲームピコピコピコと明易き

落着かぬ茶漬腹にて真夏の喪

クレヨンの色が足りない熱帯魚

端居して思ひ出しまたおもひだし

端居しておもふは杳(とお)きことばかり

昼寝覚(ひるねざめ)さらに昼寝を欲(ほ)りにけり

昼寝覚地震速報など映る

踏めば扉(と)が開(あ)いて涼しき火葬場か

全自動で目高がゐなくなる話

冷し酒法螺(ほら)と知りつつ聞いてやる

冷酒呑むまた遺伝子のせいにして

花氷(はなごおり)中に入れぬ吾れ映る

わが眸(ひとみ)いつより濁る青葡萄(あおぶどう)

くしやくしやのハンカチ少年恋知らず

羅(うすもの)を着て淋しきに微笑める

冷奴(ひややっこ)母亡き夕餉(ゆうげ)すぐに済む

哀しすぎて寡夫なる父の胡瓜(きゅうり)もみ

母逝きて茄子漬(なすづけ)の色変はりけり

亡母のこと話題にはせじ夏料理

老鶯(ろうおう)や蛇口ゆるびてぽたぽたと

実朝(さねとも)の海に素足を蒼く染む

虫干しの明治大正昭和かな

夜といふ巨きな日蔭月見草

浜昼顔きのふのひとにけふも遇ふ

鮎(あゆ)の宿将棋のつよき女将(おかみ)ゐて

たそかれてサラリーマンと夏つばめ

ランナーの鎖骨(さこつ)のあたり風光る

用なくて野茨(のばら)の花にゆび傷つく

梅雨といふ帽子被(かぶ)りて寡黙なる

梅雨晴のやはり帰らぬ伝書鳩

夜の蟻やり直すには遅すぎる

夜の蟻やマニュアル通り生きて来て

夜の蟻つまみて夜へかへしけり

浴衣(ゆかた)着ていづれ乱るるをとこかな

夏芝居(なつしばい)斬られて死んでまた生くる

穴掘れば穴の中へも西日かな

母の死後蟻を飼ひたくなりにけり

西日中ボタンのとれたシャツを着て

夜の蟻が這ふ東京の片隅に

百日紅(さるすべり)そろそろ母の忌日なる

花桐(はなぎり)やとほく見るとき亡母おもひ

紙魚(しみ)走る広辞苑より歳時記へ

逃げられぬ西日の壁に突き当り

川床(ゆか)に来て先づは比叡(ひえい)をゆびさして

蛇は蛇吾は吾にてすれ違ふ

人形が轢(ひ)かれて死んでゐる夕立(ゆだち)

真つ先に死ぬ真つ先に朝焼けて

仮の世の仮のすがたも日焼せり

裏町に何を探せる日傘かな

清滝(きよたき)に青き闇あり蛍狩(ほたるがり)

蜥蜴(とかげ)見てそれより蜥蜴ばかり見ゆ

犀(さい)の糞(ふん)に夏蝶とまる自然かな

少年の充実蝉を握りしめ

兜虫捕りて少年王となる

いつしかに狂ひて揚羽蝶追ひぬ

揚羽蝶淋しき吾を怖れけり

背泳ぎに大きな月がついてくる

風鈴やひらりひらりと不器男(ふきお)の句

原爆忌割りし卵に血のまじる

沖縄忌その日もつとも島静か

6月

薄墨(うすずみ)で書くがよろしき蛍の夜

蛍籠(ほたるかご)蛍の骸(むくろ)ごと捨つる

春落葉逢へぬ心に降りつもる

梔子(くちなし)にいづれ切り出す別れあり

掌(て)を逃げて手を走りをり天道虫(てんとむし)

日のひかり水のひかりに夏落葉

鳥啼(な)けば鳥見て過す業平(なりひら)忌

隔てなく青嶺(あおね)連ねて大青嶺

卯波(うなみ)来て泡立つことも寂しとよ

虎が雨(とらがあめ)電話の彼方にも降れり

詩人とはやうなき人よ業平忌

テレビより逃ぐる如くに端居せり

鬱の日はさくらんぼうを食べませう

夏の灯に老いたる男なにか売る

夕焼けてをとこは鳥になりたがる

朝虹に翅(はね)なきものは歩くべし

水中眼鏡無垢なる魚に突つかるる

帰りたくないと云ひだすキャンプかな

よく目立つ家出少女のヨットの帆

打ち水の水や勢(いきお)ふ清水(きよみず)は

西日中ラスコリニコフ立ち上がる

蝙蝠(こうもり)が没日(いりひ)に濡れてやつて来る

明易し己(おの)が寝姿己が見て

昼寝覚古き映画に故人笑(え)む

近くより遠くが見えて朴(ほお)咲きぬ

白抜きの文字の涼しき電算機

夏夕べ犬に曳かれて人の来る

短夜のひとりにひとつ灯のともる

新茶汲(く)む亡母の加減を父真似(まね)て

母とほし新茶を入るる寂(しず)けさに

御所の蝉捕らへて御所に放ちたる

青葉木莵(あおばずく)心配性(しんぱいしょう)の吾に鳴く

夏の灯に父の衰へ隠れなし

昼顔は明日もとほる道に咲き

昼顔が好きでいぢめられつ子で

ねむさうな美しきひと葡萄買ふ

御来光(ごらいこう)一人が立てば皆立ちて

滴(したた)りの穿(うが)ちし巌(いわお)女神(じょしん)とす

萍(うきくさ)や悲しみを孤児知り初むる

病葉を踏む残業の足二本

夏負けと云ひて哀しき生き疲れ

ひた泳ぐ忘れたきことあると云ひ

夏草の調べ夜風のしらべとも

白百合や蜂美しき尻見せて

白百合を手折(たお)りてしろき袖汚す

白靴を汚されて泣く少女かな

ハンカチを振らむ一語は吹き散つた

花火見る汝(な)が体温のうつり来て

大文字吾には母の忌日なり

暗点の如き孤独や西日中

春の朝カスタネットが落ちてゐる

夏めきや四駆動よりレゲエ

夏兆す君の黒髪夜も光り

よく喋る女よソーダの泡粒よ

夏至空のまだ落ちて来ぬ凡フライ

梅雨闇のグレイの背広背広かな

梅雨晴のひと日結局まろ寝して

梅雨の客熱き紅茶を喜びぬ

美しき思案に昏(く)るる梅雨の蝶

あぢさゐ寺にねむさうなひと吾もねむし

タイガース贔屓(びいき)のをとこ(はも)料る

汗しをり幾ばくもなき余命さへ

死ぬ母の額の汗を拭ふのみ

汗の母幾ばくもなく世を去りし

蟻地獄やがて儚(はかな)き翅(はね)をもつ

雨なれば昼酒も良き洗(あらいごい)

コンビニに浴衣(ゆかた)の乙女ガム買ひて

若葉憂しわが目眼精疲労にて

目薬の溢(あふ)れたる目に緑射す

ごきぶりに逃げられて吾若からず

葉柳や爆心地とふ聖廃墟

麦秋の野に唇は奪ふべし

夏至なれど汝(なれ)との刻(とき)は早や昏るる

滴(したた)りのりのりりりりとりりりりと

父と子が茄子(なす)など焼いて夕餉(ゆうげ)とす

日焼せるをんなはたらく夾竹桃(きょうちくとう)

少しだけ星に近づくキャンプかな

新月の影仄(ほの)とあるキャンプかな

涼風のなほ昏れ残る三日月湖(みかづきこ)

木隠(こがく)れて見えぬ辺りにプールあり

陰(ほと)の神に大百合小百合供へあり

夏料理パセリのそよぐ風のあり

鏡見て涼しさ失せし貌(かお)と思ふ

熱帯魚宝石のごと入港す

北嵯峨(きたさが)の遠(おち)より暮るる灯の涼し

水芭蕉一枚はおる朝に咲き

浴衣着て立て膝になりへぼ将棋

ありんこに生くる力を貰(もら)ひたる

断酒せむ決意もありし冷奴

京菓子の老舗(しにせ)のビルの夏のれん

夏手袋(なつてぶくろ)持つ傘細くほそく捲(ま)く

空梅雨か水は飲まざるコンピュータ

二千年近づく氷菓舐(な)むるごと

蝉とほくひとなほとほく夕さりぬ

花火師を見ることあらず花火見て

梅雨の猫向きを変へてはまた眠る

母逝きて遅まきながら衣更ふ

虞美人草(ぐびじんそう)咲かせてをんな猫と住む

撃たれたら撃ち返すべし水鉄砲

真夜(まよ)醒むる喉(のど)の渇きも青水無月(あおみなづき)

昼寝覚電話が鳴りて鳴りやみぬ

蛇塚(へびづか)に蛇見て帰るゆふまぐれ

耳塚(みみづか)に悲憤の如く夕焼(ゆやけ)せり

時の日の心の振り子時計かな

太宰忌(だざいき)の濁りに黄なる沈み花

唯ひとり踏みしだき行く青野なり

夏野ゆく川見えずとも川音(かわと)して

生きかはるべく夏河を徒渡(かちわた)る

偉さうな髪切虫(かみきりむし)のすぐに鳴く

空蝉(うつせみ)に美しき雨溜まりをり

蜻蛉(とんぼ)うまれ翅(はね)にひかりを蓄ふる

蝿双(ふた)つ重なりて飛ぶ平和かな

夏帽子どれも英語が書いてある

夏帽子上野で降りて忘れけり

蟻地獄天を仰げば口開く

蟻地獄無住(むじゅう)となりて一つ増ゆ

犬吠えて短夜いよよ短うす

戦(そよ)ぐ葉を喰(は)みてキリンの涼しさよ

思ひあたる梅雨といふのは象のこと

ビル蔭にまたビルがあり日蔭濃し

空梅雨のどこかで喧嘩(けんか)してをりぬ

乙女なほ水着姿の膝揃へ

ビール飲む女は本音こぼさずに

つつがなき子燕(こつばめ)けふも佳き日なり

したたかに老婆の坐る五月闇(さつきやみ)

パソコンに女のにほひ梅雨深き

サングラス臆病な瞳(め)がふたつある

もうひとりわたくしがゐるサングラス

五月雨(さみだれ)のせめて綺麗な空気かな

夕焼にめたる眸の淋しさよ

夕焼て群集の影巨(おお)きひとつ

四畳半耳の穴にも西日せり

手花火の命の火玉早や落ちて

浮葉の上(え)いのちあるものさ走りぬ

光陰(こういん)や朝(あした)に残る花火屑(はなびくず)

母逝きし日の渾身(こんしん)の蝉だつた

走馬灯むかしむかしの母見えて

百日紅(さるすべり)屋根より光る屋根越えて

炎昼(えんちゅう)に四肢へなへなと坐らせる

少年が春本(しゅんぼん)隠す麦の秋

新樹下に若者コトバ鬱生みぬ

蟻の列一円玉を黙殺す

もう恋はせぬ遠花火ひらきをり

孤独と思ふ海揺れて鵜(う)が揺れて

老い父にすでに朋(とも)なき水鶏(くいな)の夜

修司の忌いまだに生きてゐるやうな

揚羽(あげは)来て勿体(もったい)無しとふと思ふ

すヾしさや漢字忘れてかなで書き

トルソーの頭(かしら)なければ涼しけれ

会席に行かぬと決めし涼しさよ

金魚死んで水と一緒に流しけり

白服の襟黄ばみゐて零落(れいらく)か

薔薇活けてボードレール著「悪の華」

薔薇を見て瞼(まぶた)重たく重たくなる

氷菓愛し淋しき女太りけり

薔薇に隠れてフロイトを読んでゐる

夏蝶の羽搏(はたた)きに似てピアノ弾く

自転車の孤独を愛す薄暑光(はくしょこう)

吸殻が昼顔の辺(へ)に寄せてある

暑にはへ難きもの燃ゆる夜も

青潮にをとこの舟の抗(あらが)ふも

夕焼消えて口遊(くちずさ)む唄も止む

蛇を見て殺意おぼゆる何故ぞ

ぶち切らる活魚も涼し中年なり

その日へと蝉高まれる爆心地

西日中貧しき愛は燃え尽きし

梅雨闇よ心の扉開きても

ハヤシライスガラス皿にて夏光る

薫風(くんぷう)の美しき耳括(くく)り髪

鳩くくと梅雨の庇(ひさし)にくくと鳴く

涙眼(るいがん)にすぐなる父の端居かな

狂ひなき都大路の夏至没日

祇園(ぎおん)より西日の四条避けて去(い)ぬ

梅雨深しスポンジぎゆつと握らねば

美少年を汚(よご)してしまふ夏休み

裸の背地球に杭(くい)を打ち据(す)うる

花束を見てより暗き禁泳区

芋焼酎(いもじょうちゅう)呑めず軽(かろ)んぜられてをり

夕焼けてちいさくほそく婆(ばば)唄ふ

花橘(はなたちばな)ありし京(みやこ)のかほりとも

わが猫は美食家にして初がつを

頽(くず)ほるるけはひを常に薔薇は咲く

滝落ちて水に少しく暇(いとま)あり

薔薇昏れて見つめてをれば怖くなり

芯の尖(さき)製図はじまる夜涼(やりょう)かな

掛けてみて掛けしまま買ふサングラス

夕立の誰(た)がぶちまけし絵具箱

見えてゐて歩歩(ほほ)にはとほき大夏木

二つ三つ怠けて咲かぬ薔薇も佳き

腕相撲諸肌(もろはだ)脱ぎし方が勝つ

片肌を脱ぐもをとこの生業(なりわい)よ

鮎焼けば蒼き天にもささなみす

梅雨ながき猫の機嫌に咬(か)まれける

哭(な)く老いの堪(こら)ふる老いの沖縄忌

*「沖縄忌」について

 先月「沖縄忌その日もつとも島静か」という句をUPしたところ数名の方からメールを頂きました。「沖縄忌とはいつですか?」「沖縄忌は季語ですか?」というお尋ねです。ここに再び「沖縄忌」を使うにあたり以下の諸点を明確にしておきます。

1999年6月24日 夜

 

吾流離(さすら)へど夏至の日に狂ひなき

踊り子に寄りてささやく男憎し

緑陰に息ととのへて行く気失す

夕立に濡れて母郷に甘えをり

火虫火と離れぬことの儚(はかな)さよ

冷酒に己れ苛(いじ)める理由(わけ)なんぞ

山に貌(かお)河に相(かお)ある梅雨の明け

虹薄き四十路(よそじ)も既に半ばなる

三伏(さんぷく)の猫は三和土(たたき)に寝そべれる

炎天の鴉(からす)蔑(さげす)む蔑まれ

蟻地獄何事もなくけふも過ぐ

少年の鎖骨のほそきアロハシャツ

酒断ちの黄昏(たそかれ)永き薄暑憂し

炎天に猛火掲げて何事ぞ

蝿は飛ぶ乙女のピアノ乱すべく

綿菓子のふとなつかしき夏の月

明易し顔を洗へば夢忘れ

淫らとも夏のひかりの乱反射

待宵草(まつよいぐさ)恋と思へど打ち消しぬ

昃(ひかげ)れば病める裸の冥(くら)さなり

朝焼てこの世のバスに揺れてゐる

空き瓶に便りなどなき夏波涛

あれも忘れこれも忘れて涼しくなる

羅(うすもの)を着て幽霊の如くゐる

灯を消してはじめて汝(なれ)の汗にほふ

新宿にわざわざ虫が鳴いてゐる

しづごころ梅雨になじめるこころとも

星々にしたがふ鳥の帰りとぞ

神鳴(かみなり)も畏れざりしよ逢瀬ゆゑ

梅雨寒や莨火(たばこ)つけ合ふ親しさに

菊挿(さ)して京(みやこ)の隅の旧家かな

雨に疲れてあぢさゐを見に来たる

 


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