2月

くらがりに手相を見する二月かな

春待つや掌(たなごころ)見せ占はれ

寒中を静かにゑまふ老いを見る

棘(とげ)立つや父を見舞ひし後のコート

父痩せて福耳残る寒さかな

ホームレス見て目玉から寒くなる

生臭き肉食ひ冬を終らさむ

日脚伸び己(おの)が影追ふわたしかな

一枚の寒き笑ひを置いてゆく

薄倖の手相を匿す手套(しゅとう)かな

春立つやえぷろん白き少女ゐて

春立つや空に文字書くゆびをもて

春立つも何するとなき日曜日

残る寒さ都市の奈落に人寝ねて

余寒ありゾーリンゲンの剃刀に

待ち針の乱立燦と春灯下

北国の葉書濡れゐる春しぐれ

我が鼓動内耳に聞きて春睡し

春宵の帰りさうで帰らぬ人

ごみ箱にごみ溢れゐて春うらら

春待つや一輪挿しに二輪挿し

肉刺(まめ)の痕五つ残して冬終る

悠々とよぎる船あり春岬

ヘリコプターはらはら飛んで春浅き

怒りやすくなりしと思ふ春寒に

春愁や玩具(おもちゃ)の銃をこめかみに

春泥に短距離走者唯一人

春なれや駅のホームにいい女

葬儀より帰りてにほふ春の汗

生者みな黒き服着て春の汗

古時計少しく遅れ春の昼

イヤホンを外すたちまち囀(さえず)れる

春寒きマッチが黒く屈みて消ゆ

春寒き梅干を食ひ男病む

春は名ばかりクロワッサンちぎりつつ

春しぐれ背毛(せなげ)にのせて猫帰る

野良犬の桃色の舌春の闇

受かりしか受からざりしか少年佇つ

裸木のくねりて艶といふものあり

春の闇二人のために月のぼる

春の闇ひとのにほひをおもひいづ

東山背後に春の闇なせり

春愁や水のほとりに佇つたびに

鳥帰る山脈皺のごと寂し

生者より死者の明るき春日影

蝌蚪(かと)生れてちらばることもなかりけり

太陽のいま照りていま蝌蚪生る

別れしひと今更笑まふ春の夢

囀りをそよ風のよに喜べる

囀りの中に一樹のありにけり

麻酔より醒めたる父に囀れよ

淡雪や小さく小さく仮名を振り

淡雪や麻酔の残る父の眼に

春浅き術後の父の枯手足

春日さす子供のやうに術後の父

盲(めしい)なる老女のほとり蝶生る

蝶逃げてわたしのからだ重くなる

口開けて雲のほぐるる春日かな

欠伸して朧のたまるからだかな

春陰や隠れて煙草吸ふ患者

何悔ゆる君か春草にぎりしめ

春の空象の鼻から水が出る

弱気の日争ふスワン見て帰る

春風や少女の脚がまた伸びる

麻酔より醒めぬ父ゐる霞(かすみ)かな

頼りなき男に触れて春の雪

骰(さい)振れば一の目紅く春立ちぬ

嵐電のとろとろとゆく春夕日

春北風(はるならい)術後の父の窓叩く

病む父を見舞ふ花にも春しぐれ

やうやくにくちびる奪ふ春の汗

春驟雨逢へば必ず諍(いさか)ふも

春の夢見てゐるやうな寝顔かな

春あけぼの女の脚がはみだして

嘘ついてつかれて春の灯(ともし)かな

山彦も睡りの足らぬ霞かな

くちびるにとまりてとけて春の雪

春の蚊にふつと抱きたくなりゐたり

枝振りを誉められてをり梅蕾む

水は春濡れてゐるもの皆光り

目瞑りてくちびるを待つ薄霞

春の闇銀の合鍵手渡さる

温む水少年が手を臀で拭く

窓開けて何見るとなき春愁ひ

春外套山陰線に見送りし

春灯下美しう坐し老いたまふ

高層都市おたまじやくしを売つてをり

愛されしことなき蛇が穴を出る

ぼんやりと見て春の蚊を殺さざり

春風や孔雀の羽根のそよぎゐて

春昼の定番となるオムライス

ケチャップにくちびる汚し春の昼

かげろふにわたしの影が炎えてゐる

春寒や東京の星探しゐて

箱庭の川に水注(さ)し春とせり

夕立に全身濡れて愛を告ぐ

春雨に濡れしもの脱ぎ交はれり

春灯下賢くならぬ書を読みぬ

宝籤買ふ人の列春寒き

象の鼻キリンの首の春愁ひ

春愁のキリンを見れば見られけり

ひばりなきひばりなきひかりふりやまず

日は金に海光銀に揚雲雀

春の虹立ち昏らみして消えにける

黒くかつ白き夜来る斑雪(はだれ)かな

あを空に舞ひて消えける名残雪

逢ひたしと葉書来てゐる雪の果

淡雪や半ばに果つるオルゴール

我が背なの昏らさは雉(きじ)に啼かれけり

また一羽ひかり持ち寄る春の鳥

夢褪せて帰り来し者耕せり

春浅し術後の父の白粥に

春光や退院近き父と佇ち

春しぐれ比叡の機嫌すぐ変る

春なれば祇園石段下に待つ

褥(しとね)にてひとを恋ほしむ遠蛙

春星のたれか地球を見てゐるらむ

受験子の眼中になくすれ違ふ

順序よく死ぬと限らず春疾風(はるはやて)

春昼の笑ひすぎたる泪かな

春宵の帰路半ばなる飲み屋かな

美しくをんな酔ひ入る春の宵

春水の小舟にをのこをみなかな

直線の街曲線として蝶見たり

へなへなと腰を落せば亀鳴きぬ

へたばつて亀鳴くを聞く畳かな

春嵐地下街にまた地下がある

蟻出でて早や忙しき地上なる

蟻出でて早やはたらける風情かな

荒東風の中騒然と彼方の街

春夕べ橋に佇み橋望み

春夕焼我が影法師撫で肩に

白梅に醒め紅梅に和みけり


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