1月

人知れずしぐれて晴れて去年今年(こぞことし)

酒酌んでこころは去年(こぞ)のままなりし

白々と猫の髭にも初明り

早起きの老人の佇つ初茜(はつあかね)

ジョギングの人立ち止る御慶(ぎょけい)かな

パソコンの前を離れて筆始む

吾のこと未だに坊(ぼん)と老礼者(ろうれいじゃ)

東山みな撫で肩に初御空(はつみそら)

初御空比叡のあたり先づ見据ふ

いつ見ても寂しい山よ初比叡

立ち並ぶ無人のビルも初景色

初景色姉三六角(あねさんろっかく)しんとして

墨の香を更にくはふる淑気(しゅくき)かな

初水に盆栽の松湿らする

老い父の仔猫を膝の礼者受(れいじゃうけ)

礼者来て賢き猫と褒めらるる

初凪と思ふ二度寝の眼を閉ぢて

初景色その片隅に墓光る

初景色鴉(からす)のこゑを落しける

御降(おさが)りの音もよろしき昼の酒

大いなる巳(み)のひと文字や賀状来る

初日さす町家の屋根の鍾馗様(しょうきさま)

御降りに裸木ゑまふ如くなり

猫の耳きびきびうごく淑気かな

母逝きていよいよ父の淑気かな

孤独なる父の淑気に近寄らず

読みこもり書きこもるかなお正月

今年また眼を潤ませて老礼者

年々に賀状減りつつ父老いし

切つ先の墨うつくしき筆始め

亡き母を思ひ出さする礼者かな

初列車雪にまみれて京に入る

初旅や車窓の海を飽かず見つ

初相場早やも厳しき貌もどる

社旗揚げて仕事始の空仰ぐ

珈琲濃く仕事始の朝なりし

越前の雪つけて到く初荷かな

初荷とて若狭の潮のいやにほふ

歳時記の古りしを愛し読始む

古疵(ふるきず)の痛みて寒に入らむとす

双六(すごろく)のやうな一生(ひとよ)を生きてをり

山国の嫗(おうな=老女)のうたふ手毬唄

寒に入るけさの鏡の真顔より

繰り言が母の遺言寒卵

死ぬわけにゆかぬ身体へ寒の水

蒼天の下てのひらの独楽澄めり

初夢の確かに見しが忘れけり

正月は逢へぬ関係初電話

買ひ置きの酒と煙草や寝正月

見飽きたる中年の貌初鏡

初鏡変哲もなき貌をして

松過ぎの目覚し時計高鳴りぬ

松過ぎて書くこともなき日記かな

漠然たる不安の白き初日記

成人の日の華やぎ遠く見てゐたり

買初の携帯電話まだ鳴らず

存(ながら)ふる父の摘み来し若菜かな

母逝きて詮(せん)なき父の若菜摘

七草粥母に供へて父食うぶ

七草や母とほざかるばかりなり

冬深き御堂の闇の金色仏

冬深き夢に出で来し金の蝶

冬深き埋蔵金の噂かな

三寒も四温も些事に拘泥す

真冬とて美談に火照る心あり

酷寒を笑ふほかなく笑ひけり

泣いて泣いて氷は水になりにけり

酒に浮いてキラキラ笑まふ氷かな

寒々とあれやランゲルハンス島

節穴から黒き冬波が覗く

冬苺海のあなたの国おもふ

冬林檎買ひ美しき午後はじまる

氷上に佇ちて奇蹟を待つ如し

ゆきずりに相寄るこころ氷点下

冬浜にをんながひとり哭いてゐし

冬濤に小舟の如き二三軒

寒の水飲みて身ぬちに芯とほる

寒の水飲みて燦たる余韻かな

やうやうに冬耕の人一服す

寒灯や若く貧しき恋なりし

寒灯下相寄る心ありし日よ

人死んで氷柱(つらら)の太る月夜かな

有明の月しろじろと初氷

昼の月出でゐてこの世哀しけれ

病者の目にけふも氷柱の太りゆく

空港の灯の煌々と吹雪きけり

風花が別れの舞台とゝのふる

雪起し女いよいよ寡黙になる

冬籠る蝶の図鑑を飽かず見て

冬深むなかなか逢えぬひと思ひ

凍滝のはろけきこゑを聴き澄ます

光陰を忘じて滝が凍ててをる

人生の誤算の如き霜焼よ

酔ひ痴れて仕合せさうに凍死せり

みちのくの米美しき寒の水

己(し)が息に硝子の曇る雪見かな

一月やもらひ泣きする父の老い

老人の乾布摩擦も寒の内

何に拗ねて寒風の道択び来し

しんしんと肺腑の中も寒波なる

寒波来る拳(こぶし)に固く無を握り

縛りたる紐のほどけぬ寒波かな

凧(たこ)の尾に風あたらしく輝けり

古疵をいまさら悔ゆる避寒宿

寒いから鴉(からす)に石を投げにけり

悴(かじか)んで愛も平和もあらしまへん

狂ひたる絵描きのほとり室(むろ)の花

死が近き人のほゝゑみ室の花

風花やゆふべ見舞ひし人の死ぬ

人死して風花になりしとおもふ

言ふは罪あなたを寒くしてしまふ

哭くときは毛布の裡(うち)と決めてゐる

松過ぎてまたトーストとミルクかな

寒の雨良きおしめりと喜ばれ

寒の雨破れ人形の流れ出す

寒暁の缶コーヒーをひとつ買ふ

寒見舞父に仕へし律義者

夜焚火に陰画の如く男群る

遠火事にアドレナリンが満ちてくる

寒茜(かんあかね)詩人の瞳苛(さいな)むる

風花や人を見送る空港に

彷徨(さまよ)へど誰にも逢はぬ雪女郎

雪女郎形見に雫残しけり

雪女郎泣きつづけたら水になる

伯母様の質素に生くる寒卵

美貌のひと風邪ひくこともうつくしく

真つ白な皿真つ白な寒卵

何か呟くやうな寒卵見つむ

動物園ひともけものも寒の内

おでん酒頬に疵ある男かな

人生のうしろを見れば寒鴉(かんあ)かな

枯木道即身仏につながりぬ

即身仏もの言ひたげな寒さかな

寒猿(かんえん)もこどもの方が元気なる

餌をやるなとある寒猿に餌をやる

触るなとある鯨の骨に触る

寒鯉の視線の合はぬ眠さかな

寒鴉古都の鬼門の景に啼く

化野(あだしの)の空を去にゆく寒鴉

浮寝鳥(うきねどり)白雲過るばかりなり

冬深き膝を抱へて一人かな

寒暁の耳から醒むる壜の音

虎落笛(もがりぶえ)耳は最後に眠りにつく

寒に入るポタージュ熱く胸とほり

寒の闇裸電球切れてゐる

白髪のみ増やして枯野より帰る

はじまりは裸一貫寒き部屋

氷柱に映り氷柱より痩せてゐる

風花を見上る黒きネクタイして

静心こはさぬやうに障子閉む

恋ひをれば障子を開けてとほく見る

灯ともして何話しゐる冬障子

猫のため障子を少し開けておく

夕月を挟みて閉むる白障子

寒灯と万年床の部屋がある

重ね着て何処へもゆかず何もせず

寒鴉(かんがらす)あいつはやはり哄ひをる

空瓶の立ち泳ぎする冬の波

土地の子の見てゐる大根引きにけり

冬草のあをあをと村貧しけれ

寒厨(かんちゅう)ゆゑ飯美しく炊き上る

遺されて老い父の煮るおでんかな

母逝きて父を残しぬ寒厨(かんくりや)

鳥のゐぬ鳥籠を置く寒の庭

冬怒濤皆黙々と蟹(かに)を食ぶ

冬眠をさせてもらへぬ蛇がゐる

霙(みぞ)るるや過ぎ去りしこと悔ゆるとき

いまさらに過ぎし日悔ゆる雪となり

冬苺ミルクにつぶし何悔ゆる

首の骨ポキリと鳴りて寒の内

冷たしよ幸せさうな掌なれども

老人の胸桃色に寒泳す

いつしかに寒き長男次男かな

淡々と海に雪降る実朝忌(源実朝忌=陰暦1月27日)

見知らぬ美女夢に出で来て冬深む

性のなき天使出で来し初夢なり

寒猿の笑ふを見つつ人笑ふ

秒針の音の聞こゆる凍夜かな

雪女郎古き鏡をふと過る

病む父に告ぐべからざる寒さかな

冬霧が晴れゆく癌の父残し

一月が過ぎゆく癌の父置きて

風花のかかりて癌の父見舞ふ

風花の美(は)しく哀しく父見舞ふ

病室の窓の比叡も寒の内

病床の父小さきよ寒茜

癌の父日脚伸ぶるを喜べり

春近きこと病み臥せる父に告ぐ

とろとろと癌の父飲む寒の水

見舞ひ寒し背後に癌の父残す

病む父の強気よ寒の日の出見て

父見舞ふ一番星の寒さかな


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