12月

十二月御無沙汰ばかりしてゐます

日帰りで逢はねばならぬ師走かな

極月の美(くわ)し火美し水に映ゆ

極月の人と歩調を合はせけり

冬雲雀美しく凪ぐ青空よ

孤独なり寒鴉(かんあ)の落すひとこゑに

寒鴉(かんがらす)うしろ姿に啼きにけり

荒野なり吾も寒鴉も愚かなり

寒鴉啼く一本道の淋しさに

寒鴉啼き渇ける空となりにけり

冬籠り猫語を少し解すかな

空似とも師走の街に見失ふ

毛皮夫人噂となりて闊歩せり

かたまつて遠き冬の灯しろがねに

極月のさんざめきつつ夜も更けぬ

ささやかな悩みに冬日暮れ始む

日当れば老いも華やぐ冬座敷

夕映に刹那華やぐ冬座敷

文机(ふづくえ)に塵ひとつなき冬座敷

主(あるじ)亡き文机の辺(へ)の火鉢かな

屏風絵の虎を怖るる幼なかな

逆臣が開けても開けても襖(ふすま)かな

戦争を語り継ぐ人寒燈下

諍(いさか)ひて一寒灯を濡らしけり

寒燈下腹のふくれぬ詩を書きし

青春の一寒灯を想ふべし

鴨見つつ鴨を食(たう)ぶる逢瀬かな

暖房にゐてアンニュイな昼さがり

暖房や猫の熟睡(うまい)を羨(とも)しめる

寄鍋や舌の火傷はすぐ治る

おでん屋台賑はしき夜もたまさかに

母逝きて煮凝(にこごり)といふ贅(ぜい)もなし

落葉して詩人をひとり佇たしむる

帰り花忘れたきことあるものを

下枝(しづえ)に猫上枝(ほつえ)にひとつ帰り花

狂ひ咲く梨を憎みて過疎の村

牡蠣飯(かきめし)を好む祖父母でありしかな

筆まめなコンピュータなり賀状書く

こゑすれど吾が猫いづこ小春風

木のぼりのうまき猫ゐる小春空

鉛筆で描くによろしき枯木立

酸茎(すぐき)買ふ用のみありてバスに乗る

老い父の咳き込む夜半や母とほき

日記買ひ河の流れを見てをりし

読み返すほどのことなし古日記

母逝きし日より空白古日記

美しき逢瀬もあらむ日記買ふ

彼女とは別れぬゆゑに日記買ふ

鍵付の日記を買ひてほくそ笑む

深酒のやがて哀しき焼鳥か

呑みすぎて哀しくなりぬ酢海鼠(すなまこ)よ

海鼠腸(このわた)にまた呑み過る阿呆かな

冬すみれ南にゆけば海に出る

二千年終らむとして狂ひ咲く

ぬくぬくと飼はれて蛇の冬眠せず

都鳥昔男やいまいづこ

虚礼とぞ思はるさあれ賀状書き

冬の象巌(いわお)の如く蹲(うずくま)る

里に出て飢(ひも)じき熊は撃たれけり

橇(そり)見えね鈴の聞こゆる夜空かな

賀茂川に白鷺(しらさぎ)を見る寒さかな

この路のみるみる銀杏落葉かな

ポインセチア愛の一語に赤面す

大嚏(おおくさめ)ビルの階段落ちてくる

風邪の眼に一樹ひらめくガラス窓

別れ際雪となる雨ふたり見て

亡母に似て塩鮭が好き茶漬好き

猫がまた同じ障子を破りけり

わが猫が覚えて開くる障子かな

野良猫のひもじきこゑに暮早し

絨毯(じゅうたん)に仔猫ころころ遊びをる

粕汁(かすじる)を食ぶるといつも火傷する

南窓開けて茶の花日和かな

暗渠(あんきょ)より水音漏るる寒さかな

水絵の具水色といふ寒さかな

泣いてゐるやうな音立て隙間風(すきまかぜ)

隙間風するりと闇が忍び寄る

風呂好きの日本人とて干菜湯(ほしなゆ)に

蒲団干す山河に白く光らせて

煙草すひてなかなか出でぬ蒲団かな

ウヰスキー一口ふゝむ蒲団かな

気がぬけて四温日和を怠けをり

だらしなく四温日和を寝坊かな

北風をゆきゆく何か信じゐて

凩を眼から渇きて帰り来し

逢へぬ日をしぐれて晴れてしぐれけり

頬凍ててなほ売れぬ詩を書きてゐし

凍てついてしまへばもう悲しくない

冬晴の下生みたての卵かな

鍵失くし開くことなき結氷期

誰もゐぬ霜夜窓開けてすぐ閉む

コンピュータ働く冷たき音たてて

ビルの裏側で冷たき言葉吐く

美しく細く冷たき脚なりし

ポケットに汝が冷たき手あたためむ

火口湖になだるる気配冬銀河

薬指つめたき指環してをりし

星冴えて痛し心の傷深し

時のみが過ぎぬ万物凍てし中

晴極まり冴え極まるといふ日かな

寒々として社会面読み了る

暖房なし機械が機械拵(こしら)ふる

北山に初雪つけてけふ晴るる

義理不義理思ひ出すなり十二月

得をして損をして早や極月か

師走なる人人人の大路かな

売る人のまた買ふ人の師走なる

中京へ出づ極月の人として

義理のごと人を見舞ふも師走かな

あれこれと捨てんとすれど年の暮

昼月のしろじろ浮かむ師走空

腕傷(かいなきず)古りしを見つつ十二月

急かれつつ尚ぶらぶらと年の暮

死ぬものは死にこの年も暮れむとす

木屋町に一人遊びて年の内

暗渠ゆく冬の水なり叫喚す

戯れに雪投げ合うて切なき恋

雪つぶて我が背にぶつけ泣いてゐし

明日別る遠くとほくへ雪礫(ゆきつぶて)

蝶凍てて死ぬる力を残しけり

冬蜂の翅震はせて死にゆけり

冬蝶を見し眼にひと日美しき

冬の鵙(もず)吾を黙殺する気かな

左見右見(とみこうみ)鷹にも迷ひあるらしき

羽撃(はう)ちつつ巌の上の鷲ためらひぬ

ビル蔭にまたビルのある寒さかな

がらくたをしみじみと見て年の内

靴を買ひ床屋に入りて年の内

更地へと鴉が降りて冬ざるる

いつまでも売地と書かれ冬ざるる

寒暮シャッターを降ろす音降ろす音

元気だと書きしがやがて寒くなる

暴言を吐かれて世界寒くなる

風邪心地水鳥の翔つ水しぶき

鍵掛くる冷たき音を背中で聞く

眦(まなじり)を厳しく寒く擦れ違ふ

子供らの遊ぶつめたき電子音

数へ日や小一時間を昼の湯に

数へ日をまた懇(ねもご)ろに位牌拭く

数へ日のひと日逢瀬にあけておく

ふと気づく己れの貌も冬ざるる

冬ざれの景のひとつの己れかな

自(し)が影の後ついてゆく冬夕べ

影踏みて踏まれて帰る日の短か

麗しきほのほは燃ゆる雪国に

漢(おとこ)らが氷柱(つらら)浮かぶる洋酒かな

氷割りて一点蒼き山河かな

氷面鏡(ひもかがみ)憎しむ如く少年割る

冬至湯に自が中年の肉(しし)歪む

良き事のみ思ひ出しつつ年逝かさむ

悪しき事思ひ出させて年が行く

行く年の河を眺めて暫しかな

裏切りの街角なれど雪明り

省略の終着駅の枯山河

木枯しの引き算のまた始まりし

寒土に立つアキレス腱を大切に

雪の朝白は決意の色である

ただ雪のみうごいてをりし雪景色

捨てられし如くクレーン大枯野

枯れきりし山河の隅の絵葉書屋

人つ子も幽霊も出ぬ凍夜かな

狐火(きつねび)も座敷わらしもダムの底

風邪薬のむために少しく食へり

風邪引いて胃腸薬をものまさるる

おでん屋台酒と一緒に薬のむ

目薬をさす寒風を帰り来て

寒風や金を勘定してをれば

パソコンの墓場と化して冬ざるる

捨てられしパソコンの上の枯蟷螂

凩や約束ひとつ守れない

約束の時刻と場所をしぐれけり

数へ日の床屋のラヂオよく喋る

FMを鳴らしつぱなし年用意

冬の水ときにぴりぴり震ふかな

冬ぬくし電気を通すプラスチック

機械停めて寒き夜道を帰りゆけり

冬晴が野菜サラダを盛り上ぐる

冬晴れてわたしも晴れて花を買ふ

おにぎりの中の梅干寒茜(かんあかね)

室(むろ)の花六法全書飾りに置く

冬温きパン焼く香にて心足る

一人寂し二人哀しやおでん酒

気まぐれにポインセチアとパン買ひて

寒紅ひきガム噛んでゐる淫らな口

生牡蠣(なまがき)食ひまこと儚き口になる

風邪の床ことこと窓が鳴つてゐる

白黒写真戦場といふ大枯野

一兵の真顔の寒き写真かな

暮早しウィンドウズを終了す

白障子影絵となりて人の舞ふ

古壁に淋しがり屋の古暦

初暦掛け古暦重ねあり

古暦背後に壁ののつぺらばう

つき合つてケーキなど食べクリスマス

天狼の冴ゆるは怒りにも似たり

たまさかの逢瀬天皇誕生日

冬川に破(や)れ人形の滞る

凡々たる日々累々と鍵日記

厚き毛布に弱き己れを包(くる)まする

襟立てて帰りつきたる蒲団かな

冬の灯燦たり寂しき人ゆゑに

冬河原同じ石はひとつもない

冬海に真向ひ何を見るをんな

枯園に人まばらにて和みけり

枯園の果てまで透けて街うごく

家なくて寒鴉(かんあ)と仲の良きをとこ

ふくろふの不思議にぬくき闇がある

梟(ふくろう)に啼かれてをりぬ何かに飢ゑ

梟(ふくろ)の夜食べしばかりの腹が減る

恋しくてならず木莵(みみずく)啼いてゐる

日あたれば水鳥を見て憩ふ午後

水鳥にとろりと暮るる好き日なり

水鳥の艶めく水面(みのも)ひた蒼む

浮寝鳥(うきねどり)ひととき夕日着て眠る

冬街燈淋しき女タバコ喫ふ

小(ち)さき幸小さき哀しみ冬至湯に

いましがたふくろふの啼き日の変る

冬河原きのふとおなじ風と石

黒き冬海板切れを弄(もてあそ)ぶ

ラガー皆若き修羅なり皆光る

ラガー皆退(しざ)ることなし若き修羅

ラガー皆阿修羅の貌をもつてゐし

ラグビーを見つつ昂ぶる修羅の場(にわ)

密会のこゑも漏らさぬ襖(ふすま)かな

数へ日といふのに暗き社会面

数へ日や千枚漬を三切れほど

数へ日のパーマをかくる数時間

年の瀬の朝から走る救急車

村時雨川迅ければ斜めに降る

しぐれつつ朝日射しくる美しき

小夜時雨まだらに濡れて帰り来し

玻璃のドア踏めば開くとき鎌鼬(かまいたち)

鎌風のコンクリートとガラスの街

都庁とふビルを触れば冷たさよ

顔に受く雪の無限を仰ぎつつ

亀のごと首だけ出して寝酒かな

ながながと寝酒してなほ忘れ得ず

寝酒とふ哀しきことを覚えけり

仄暗き薔薇活けてあり精神科

室の花美しかりし精神科

狐火や女人の墓のあたりなる

蒲団剥げば胎児の如きかたちかな

雪国や太郎次郎の家いづこ

雪だるま一人で遊ぶ一人つ子

忘年の散会の後の真顔かな

社会鍋視線そらして通り過ぐ

社会鍋背中を昏らくして過(よぎ)る

冬の旅大きな大きな南窓

冬着脱ぎ片身になりし如くなり

かの人の第一印象革衣(かわごろも)

死に給ひき氷柱(つらら)の如く美しく

氷面鏡なぜ割りたくなるのだらう

霜降りぬ信楽焼の狸にも

パソコンの虜の如く冬籠る

昼眠り夜起き出でて冬籠る

猪(しし)食べて将棋の好きな女かな

暗がりに人寄りたがるおでん酒

一人来て一人帰りぬおでん酒

電球の灯りを零すおでん酒

雪降り積む永眠したるものの上に

年送りいよいよ杳(とお)くなる母よ

父の灯と我の灯二つ年守る

狂ひ花二十世紀が昏れてゆく


BACK 俳句新作 田畑益弘俳句の宇宙HOME