11月

11月1日淋しい数字なり

きらきらと十一月の皓歯かな

鶴来ると美しき風生れけり

鮎落ちてよりめつきりと月貧し

鮎落ちてだんだん骨にちかづきぬ

川明りうしろに鮎の落ちにけり

中年の背中にも似て破蓮(やれはちす)

黄落のさなか葬(はふ)りのさなかかな

凩や愛は写らぬレントゲン

冬が来るあしたあさつてしあさつて

ペルーより来たる男に冬近づく

在日の人かたまつて冬隣(ふゆとなり)

何か焚く煙しらしら冬めきぬ

老人の薄笑ひより冬めきぬ

毛糸編む乙女の祈りとも思ふ

マネキンが着てゐて似合ふセーターか

束の間の逢瀬の京をしぐれけり

焼鳥や憂き日はモツを塩味に

枯野ゆく団欒(だんらん)の灯を遠くして

冬麗(ふゆうらら)キンコンカンと鐘鳴つて

冬麗の眩しさうなる死顔かな

はつふゆと書きてやさしくなるこころ

毛布に包(くる)まり蛹(さなぎ)に戻りけり

忘るべき一些事に早や神無月

いつしかに十一月の無沙汰かな

小春日の窓から窓へ遠会釈

猿山の猿に遊ばれ小六月

失業者増えゐて神無月来たる

冬ぬくききのふもけふも芥川

冬ぬくき記憶に汝(なれ)を抱きしこと

耳のみが未だ眠らぬすがれ虫

工事中通行禁止秋終る

暮の秋首まはりより淋しくなり

木枯しがからむ生きねばならぬ身に

キツネ眼の男を見たり寒風に

壜底(びんぞこ)に蜂死んでゐて今朝の冬

髭剃りし顎すべすべと冬に入る

ミルク呑むはつふゆの喉(のど)白くして

ビルの数かぞへきれざる寒茜(かんあかね)

男の背断崖(きりぎし)に似て寒夕焼

急がねば背なに貼りつく寒暮かな

化野(あだしの)の仏より濡れ初しぐれ

小春日や猫の耳などもてあそび

冬ぬくし双ヶ丘をそぞろゆき

暖冬異変金貸しのえびす顔

冬ぬくき百の仏のゑまひかな

欠伸(あくび)して冬ぬくきこと思ひけり

只ならぬ石の存在冬が来る

深く吸ひて立冬の気と思ふかな

猫抱いて十一月の日向かな

石蹴れば石にあたりし寒さかな

耳掻きて耳の奥より寒くなる

短日の人の背に人見失ふ

短日や空似(そらに)と思ふほかなくて

暮早し他人ばかりとすれちがひ

少年が荒みて寒さ底知れず

寒き夜が見知らぬひとと睦ましむ

消ゆるまで燐寸火(マッチび)を見て日の短か

たまゆらの燐寸火美(は)しき冬の暮

捨てられし仔猫撫でつつ寒きかな

鶏鳴(けいめい)を寝床に聞きし寒さかな

未明寒く壜と壜との触れ合ふ音

切なげに燐寸火消ゆる冬の闇

せつせつと別るる刻を霙(みぞれ)けり

そこに巌(いわお)ありてそこに冬立ちぬ

凶事(まがごと)のしるしや否や狂ひ咲く

欠伸して泪にうるむ帰り花

帰り咲く寧ろもの憂きこころとも

密室に貴方と僕と室(むろ)の花

不倫とふ恋をしてゐる室の花

嫁がざる人に愛され冬薔薇(ふゆそうび)

白皙(はくせき)のシスターの嗅ぐ冬薔薇

白髪を一縷(いちる)見つけて冬に入る

冬椿薄日あつめて光りけり

冬の蜂観念したるらし動かず

寒鴉(かんがらす)群る廃墟にはあらざれど

寒鯉が上目使ひに我を見る

冬眠し寂しき山河残しけり

凍蝶に屈みて胸を昏らくせり

夕光(ゆうかげ)に翔ちし冬蝶その後見ず

思ひ立つ如く冬蝶の終(つい)の舞

凍蝶の見てゐる終の白昼夢

蝶凍てて重たくなりてもう翔ばず

冬に入り暫く逢へぬひととなる

まぼろしの狼を聞く木枯しに

蒼ざむる空あり京の底冷えに

帰り花とろりと青き空にあり

帰り花夜雨にかほるも愉しけれ

木莵(みみずく)が啼く淋しさを分けてやろ

化野の没日を帰る寒鴉

嚔(くさめ)して自ら出端くじきけり

嚔ひとつに高層街区反響す

三匹の竈猫(かまどねこ)なり皆愛す

鯨来る海なりこころおほどかに

憂き日には鯨見にゆく男かな

冬桜母の遺言思ひ出づ

鷹舞へばその影走る山河かな

左遷され氷と雪の世界とぞ

会社より寒き寒き貌して去ぬ

冬の夜や電話待ちゐる静けさの

冬蝿にとろりと温きこの世かな

あの世へと翔んでゆきけり冬の蝿

冬の鳶ゐてあを空を淋しうす

寒禽(かんきん)の石より翔ちて石に降る

淋しき眼淋しき心綿虫追ふ

湯豆腐や玻璃(はり)の曇りに東山

風花のふたりの恋にひらひらす

短日が逢瀬を更に短うす

風邪の眼に夕日の玻璃の傷無数

ラガーらが土傷つけて前進す

大いなる地平に一人冬耕す

湯冷めして逢ひ得ぬひとを思ひをり

楽章と楽章の間を咳しげし

肩口に未明の寒さ忍び寄る

冬晴へ鉄塔の階(きだ)のぼりゆく

冬晴を深く吸ひ込み青くなる

冬の日がもう傾いて背を向けぬ

冬の日が消えゆき修羅場暗転す

鴨川のほとりに濡れし初しぐれ

同棲期しぐるる如く諍(いさか)ひし

四畳半一間の暮し霰(あられ)打つ

おのが咳おのれ聞きゐる夜業かな

虎落笛(もがりぶえ)死人(しびと)のこゑもまじりけり

ネオン街美しかりし冬の雨

象の眼が泣いてゐるなり冬茜(ふゆあかね)

誰か咳くビルの谷間の三丁目

じやんけんの石ばかり出す寒いから

一人咳きまた一人咳き地下通路

枯園に小さき日輪見て帰る

冬の水凪ぎわたりたるしづごころ

冬の水佇みをれば心和ぐ

北風に研ぎ澄まさるる愛のあり

大冬野呼べどとどかぬ一人ゐて

ビルとビルの間(あわい)の昏らさ鎌鼬(かまいたち)

中年の悔恨に吹く寒風よ

霙るるやひとを詰(なじ)りて泣かす夜を

山眠る発破の音の谺(こだま)にも

荒星になほ行程の半ばなる

はろか来し思ひに冬の銀河かな

冬の星弱き己れに煌(かがや)けり

客死せり冬の星座の燦たる下

虎落笛星磨かれて瞬きぬ

虎落笛聴きをり心渇きをり

闇を見て闇を聴くとき虎落笛

虎落笛ときに切なくをんなごゑ

時じくの賀茂のせせらぎゆりかもめ

縄跳びの縄の苛む土硬し

湯冷めして己が現実見えてくる

蹴り上げしラグビーボールに日の小ささ

冬の水飲めば燦たる棒のごと

燦々と胃腑に落せり冬の水

冬の水飲み美しき腹となり

鍋焼や西陣辺りしぐれをり

わが犬歯未だ健在焼鳥食ふ

人間に犬歯とふ歯や焼鳥食ふ

永遠の心中未遂近松忌(陰暦十一月二十二日)

死ぬほどの恋に遇はざり近松忌

ポップコーン二人で食べて近松忌

男女ともガム噛んでゐる近松忌

街角でキスをしてゐる近松忌

冬ぬくし歯茎を見せて笑ふ奴

湯豆腐にほぐるる腹といふ心

湯冷めして少し痩せたる思ひせり

古疵(ふるきず)を撫でゐて勤労感謝の日

冬の雲流浪せる眼に充ち動く

流浪記の冬オリオンといふ序章

冬晴に人きびきびと働けり

ひとひらの金貨を拾ふ大枯野

寒鯉の眠気まなこでありにけり

初雪に陋巷(ろうこう)もまたあはれかな

冬の風ひとの耳たぶ美しき

眼窩(がんか)暗き男入り来る寒き風

詩に病んで頬限りなく寒かりし

老人と猫の授かる冬日向

ビル影とビル影の間の冬日向

またビルに隠れてしまふ冬日かな

冬の蝿殺さるるため歩きけり

熱燗の酔ひを殺して無言なる

熱燗の酔ひを早むる孤独かな

熱燗や笑ひてゐしが今泣いて

寝酒とふ愉しみのなほ残りをり

こもごもに悲喜ありし日の寝酒かな

玉子酒亡母には亡母の味ありし

ごくごくと水呑む子ども冬ぬくし

水飲んでまた老夫婦冬耕す

すれちがふ女人美し枯野道

しろじろと日をかかげゐる枯木かな

枯木とふ大地をつかむかたちかな

枯園に孤独を愛す日向あり

蒼天と白日輪と涸れ滝と

鴉降りて涸れたる川を啄(ついば)めり

凩に何か忘じてゐたりけり

短日や母の遺影に灯ともして

白鳥の啼き交すこゑ忽(こつ)と暮る

スワン来て北へ北へと水蒼む

北風をゆきゆく肩のちからかな

大楠(おおくす)に忽と冬日を見失ふ

セーターの胸尖らせて真乙女(まおとめ)なり

黒色のセーターを着て嫁がぬひと

セーターを着るとき若き日が匂ふ

夜焚火に過去(すぎゆき)を見る眼(まなこ)かな

古暦うすうすと影壁にあり

古暦紫煙に汚れつつ掛る

寒きかな声の届かぬ距離ありて

凩に信じて待つてをりにけり

枯園に来て植物のやうにゐる

寒柝(かんたく)を打たむ背骨をまつすぐに

寒柝を打ちて昴(すばる)を瞬かす

木枯しに吹かれひとつになる男女

裏窓に墓場の見ゆる寒さかな

佇つてゐる女の多き寒さかな

亡母のこと忘れさうなる寒さかな

我を射る眼光のごと冬の星

枯野道我楽多箱を捨ててゆく

枯野越えひとつ賢くなりにけり

位置変へず去年(こぞ)の石ある枯野かな

冬ざれて哄ふほかなき男かな

冬ざるるビルの背(そびら)の空地かな

冬ざれのビルとビルとの間(あわい)かな

冬ざれの中に高層ビルが屹(た)つ

冬の田のどこかに水の音したり

冬海に我が喪ひし何々ぞ

日当れば美昃(ひかげ)れば醜冬怒濤

冬怒濤おのがよすがと思ひ見る

ふるさとを捨つ冬河に石投げて

しんみりと流れて冬の水となる

冬の水渺々(びょうびょう)として鳶孤つ

冬の水刃先の如く流れけり

涸れながら瑠璃を極むる三日月湖

おのが身をおのが温むる蒲団かな

枯野ゆく林檎の真くれなゐ抱きて

冬の草少女のために残りをり

枯園にほつほつと人かかはらず

月光を犇(ひし)と捉ふる冬木かな

逢ひたさに木の葉散りをり散るばかり

湯冷めして逢はざる日数かぞへをり

湯冷めしてとほき逢瀬を思ふかな

朴落葉(ほおおちば)まことに狭き庭である

静かな人静かな逢瀬落葉音

安らかに落葉となりて掃かれけり

落葉美(は)し古き都の廓跡(くるわあと)

意気地のごと枯葉一枚(ひとひら)昏れ残る

雑炊に母亡き家族温もりぬ

ぬくぬくと熱(ほめ)く月見つ狸汁(たぬきじる)

鮟鱇鍋(あんこうなべ)強欲な腹ぬくぬくと

おでん酒いまは堅気(かたぎ)と男云ふ

おでん屋台呑めばおやじのよく喋り

おでん酒山の手線が上とほる

寄鍋や亡母思ほゆる雪の夜の

寄鍋と云へども二人ぽつちかな

焼鳥を食はむ哀しみ失せぬ夜は

鋤焼(すきやき)を仕切るは父の役目にて

闇汁の闇に族(うから)の眼の光り

猪(しし)食うて身は薔薇色に火照(ほて)るかな

牡丹鍋(ぼたんなべ)身ぬち真紅に燃えたちぬ

おでん屋台奇人変人凡人来て

おもしろき男ばかりや鮟鱇鍋

焚火すれど我が胸底の荒野かな

夜泣蕎麦ラヂオに流り唄聞こえ

冬ごもり空飛ぶ夢をまた見たり

冬籠りして鏡見ることもなし

蓬髪(ほうはつ)の男がひとり冬籠る

冬籠る万年床に洋酒壜

冬籠る万年筆のインキ買ひ

蒼穹の無限を想ひ冬籠る

猪食ひてほめく眼(まなこ)にオリオン美(は)し

猪食ふやひとつ山家に灯ともして

猪鍋や山家をつつむ山の闇

猪を食ふ背(そびら)の闇を深うして


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