田畑益弘
俳句新作
11月
11月1は淋しい数字なり
どぶろくや座敷童子の酌にして
紙ヒコーキの宙返り小春風
一対の白狐に視られ神の留守
剥げさうな季寄せの表紙冬隣
八ツ橋を焼きゐる香り初しぐれ
花買へばしぐれて和泉式部町
三条に大橋小橋しぐれけり
しぐるゝやむかし揚屋の細格子
色町に抜け路地いくつ小夜時雨
過去帳に水子がひとり霙れけり
冬帝の比叡(ひえ)より京を窺へる
絵屏風のいづれが光源氏なる
洛中は花の盛の屏風かな
六曲を水の奔れる屏風かな
鳴き砂を鳴かせて秋を惜しみけり
ひとりとは耳敏きこと秋深し
夜食摂るけふがきのふになる寂しさ
西陣の機織る音や日短
人よりも地図を信じて枯野道
鮑入り和風バーガー文化の日
御香典と書く薄墨や朝しぐれ
一葉の喪中欠礼冬に入る
大原女の真白き脚絆冬に入る
びつくりもせぬびつくり箱冬ぬくし
暖房車東京までの夢醒むる
落日を一鳥よぎる枯野かな
一本の釘打つことも冬支度
中年のまた流れ着くおでん酒
頭の上を電車の走るおでん酒
もう一人詰めれば坐れおでん酒
爽やかや死ぬといふこと一度きり
遠むのみ十一月のはうき雲
野の宮の竹うつくしき神の留守
枯芝に坐るこころを平衡に
どぶろくにみちのくの星酔うてをり
恍惚と蟷螂枯るゝ藁の上
凩の刷き残したる星屑よ
さびしらに陸を見に来る鯨かな
狼の絶滅以後の堕落かな
冬眠なき人類に鳴る目覚しよ
冬隣鬼門の比叡に目をやりて
酒一合ちびちび飲めり日短
ひととせや冬の服より一名刺
大阪のやくざな奴とふぐと汁
この路のみるみる銀杏落葉かな
マキノより冬めいてきし湖西線
消しゴムで消せば済むこと冬の虫
蝶一つしまひ忘れし冬日和
風邪ひいて一所懸命ねむるかな
うかうかと小春日和の暮れかゝる
ジョン・レノンおもひださせて時雨かな
冬霧の底ひに響む五番街
忠興とガラシャの眠る冬紅葉
死とはその脱ぎし手套のやうなもの
手袋の右手(めて)失ひて左手(ゆんで)捨つ
天狼やおのれ支ふるアフォリズム
枯野行きて測量士に遇ひしのみ
毛皮着て人類になき尻尾かな
冬濤に真向ふこころ足らふまで
冬海に真向ふ鬼の面つけて
引き返すには来過ぎたる大枯野
落日を一鳥よぎる枯野かな
小春日や木喰仏のゑまひ顔
室花か造花か分かぬ触れてみし
祖母静江享年三十しぐれけり
散る順序あらむ木の葉も人間も
大いてふ大団圓の落葉かな
外套が臭ふ世に狎れ人に狎れ
清水へ七味を買ひに冬うらら
焼芋や天龍寺さま門前に
金閣と逆さ金閣冬の水
おほははの永久の形見の茎の石
海鼠から宇宙におよぶ夜話となり
ときじくの賀茂の流れの浮寝鳥
北風や耳はかなしき岬なる
濡れてゐる火の美しき時雨かな
0からも引き算できて冬の虫
捨印のごと冬の日は片隅に
冬怒濤さらに激しき次待ちて
音もなく怒濤砕くる煖房車
冬の孔雀少しく人を集めをり
冬の園機械に礼を云はれけり
日向ぼこおなじ日向を鳩あるく
夜雨そと初雪になる別れかな
苺ジャム煮る香りして冬日向
ふくろふの目の玉をもつ大樹かな
空耳の如くに冬のちちろむし
雑炊にお開きとなる六腑かな
暮れてより裏手にまはる虎落笛
本能寺址の暗闇もがり笛
絶海の孤島の鷹を胸に秘む
冬怒濤一つを胆に溜めておく
一點となるために行く枯野かな
しぐれねばならぬ如くに小督塚
底冷の底を奔りて蒼き川
底冷の紫がかり比叡昏るゝ
炬燵猫ときどき出でて美食する
炬燵居の脳の大部を使はざる
湯豆腐や玻璃のくもりに嵐山
泣き上戸やつぱり泣いておでん酒
鰭酒やをとことをんな狎れやすく
小春日や京のお菓子は見るもんどす
てつちりは好き大阪は嫌ひどす
落されし片手袋の流転かな
南座を見やる阿国やゆりかもめ
酢茎買ふほかに用なき外出にて
寒星夥し最終バス待てば
幸福の木のうすぼこり冬館
諦むることも大切冬に入る
止まり木にひとり勤労感謝の日
寒風や歩きて何か見失ふ
ちちははの世より住みなす隙間風
すきま風しきり大政奉還の間
なんぴとが始めに食ひし海鼠かな
月光に越のうさぎは白兎
雪國を出てゆく太郎次郎かな
鮟鱇の貌誰やらに良く似てる
大仏のまへ冬帽子脱ぎたまへ
たこ焼屋蛸を刻みて日短
十一月水の如くに過ぎてけり
ユダのごと髭たくはへて冬籠
休校の砂場に遊ぶ風邪の神
ぎをん新橋御茶屋の角の小春風
冬かもめオロシヤの舶うごかざる
面白うなりさうな夜や京に雪
オルゴールふつつり途切れ雪になり
我がために紅き花買ふ寒暮かな
寒灯をいくつも点し一人なり
透明のガラスの破片寒波来る
尊厳死安楽死木の葉降りにけり
寒空や転がつてゆく捨てタバコ
しぐるゝや眼科に暗き検査室
枯木山こゑ美しき禽の棲む
つぼみ多き室咲の花見舞とす
もみぢ且つ散りゐて祇王祇女の墓
ソプラノの響き聞こゆる冬銀河
金星の一粒のこし世は凍つる
更けてより華やぐ小路さゝめ雪
初雪は水子のために降ると云ふ