9月

厄日過ぐ幸せさうに笑ひつつ

秋夕(しゅうせき)に追ひつめられて歩きけり

ふりむけば顔に貼りつく秋の暮

秋の暮黒子(くろこ)のやうに人うごく

秋の暮黒子がついて来るやうな

墓山の妙にあかるき曼珠沙華

土葬の村ましろき死人花(しびとばな)が咲く

いささかの日のあたる路地鳳仙花(ほうせんか)

母親とその子がひとり鳳仙花

諦めのつくづく悪き法師蝉

カンナ燃ゆる日の唇奪ふべし

朱と赤の姉妹のやうなカンナかな

西瓜(すいか)食へばさして賢き人ならず

西瓜食つて阿呆(あほ)も賢(かしこ)もあらしまへん

秋天や無銭旅行に憧(あくが)れて

秋風や無銭旅行に出でしとふ

天高し無銭旅行の空腹に

静水に凛凛(りり)と真白き新豆腐

冥(くら)すぎる秋の蛍のともれども

流星やめぐり逢ふのが遅すぎて

人もまた果ては惚(ほう)けて鰯雲

深刻に考ふる癖いわし雲

通帳にマイナス並ぶ鰯雲

一人死に一人生まるる星月夜

夜長なり君のメールの短さに

引き算で思ふ命の夜長かな

生家とは闇多き場所竈馬(かまどうま)

竈馬二度ほど跳ねて闇に去る

こほろぎのこんなところに円空仏

眩しさうに嬉しさうに稲の花

早稲かほる韋駄天といふ風の神

飽食の夕餉に二百十日かな

飲食(おんじき)のもの匂ふ路地厄日来る

パン少し焦がして厄日始まりぬ

お互ひに視線そらすも秋冷なり

目礼といふこと秋気澄むしるし

目が合ひて心つながる秋日澄む

父と猫早やも寝入りし秋の夜

日記など読み返しをり秋の夜

灯を消せば能面に月ほのかなる

長き夜の鳴らぬ電話を見つめをり

流るるは雲ばかりなり竹の春

鈴虫に奥まで濡れて京町家

鈴虫に寝返ることもなく寝入る

はんなりと酒温むる京をんな

かはらけのなぐれゆく風九月なる

どことなく人に翳ある水の秋

鰯雲おのが晩年ふと思ふ

玻璃窓の息に曇れる雨月かな

街燈に雨脚縷々(るる)と無月かな

嬰(やや)のこゑ漏れ聞こえくる良夜かな

螻蛄(けら)の鳴く心ひもじき日々ありし

日録の欠落部分螻蛄(おけら)鳴く

螻蛄鳴いて月を蝕(むしば)むばかりなり

電柱の多き町なる鵙日和(もずびより)

去年(こぞ)の石去年の一樹へ登高す

哀しくてみんなうつむく秋夕焼

竹の春あをあをと水流れ出づ

霧といふ真白き闇に動けざり

訳知りの阿呆ばかりや西鶴忌(陰暦八月十日)

しのび逢ふ露一粒に愕きつ

自動車も静かなオブジェ露月夜

水舐めてまた猫の寝る雨月かな

黒猫の眼の金色(こんじき)の無月かな

猫のこゑ陰に籠(こも)れる無月かな

その果てに亡母いますよな大花野

瑠璃色の石のまはりの水の秋

鋭心(とごころ)を宥むる如く雨月かな

【月十句】

月今宵夜会服にて二人逢ふ

望(もち)の夜の二人の踊る円舞曲

月光に少年の貌(かお)早や老いぬ

中年の背な月光が貼り付くよ

月光に喉笛(のどぶえ)白く病めりけり

月ひとつゆく蒼ざむる荒野あり

顔蒼ざめて詩に病む月に病む

夜遊びの月に憑(つ)かれし如くなり

粋人のひらひらとゆく月明り

月が欠けてゆく癌で死ぬ人に

秋天や美しすぎて哀しくて

東京といふ陋巷(ろうこう)も秋高し

逢ふわけにゆかぬひとなり秋の虹

釣瓶落し他人の如くすれちがふ

唇紅は薄くしなさい秋袷(あきあわせ)

秋風に似合ふ肋骨(あばら)となりにける

秋の風胸から背なに抜けにけり

秋風に眼から渇きて愛さざる

逢ひたさに秋雨前線停滞す

広沢の池朧々と無月なり

頬杖の頬に温(ぬく)とき無月かな

鰯雲出てゐる真下団地群

鰯雲ひとを疑ふ哀しさに

門前の茶屋にて過ごす秋しぐれ(大原三千院)

涙腺の過敏に秋の星ふるふ

トランプの神経衰弱星月夜

秋黴雨(あきついり)無口な人と云はれゐる

秋の山鳥も獣も色づきぬ

彼我の距離大切にゆく野路の秋

山澄むや男の性(さが)の淋しさに

男心(おごころ)の哀しみに似て秋の嶺

秋遠嶺(あきとおね)をとこ心を喩ふれば

秋天の下人界は猥雑なり

忽然(こつぜん)と昏らむ秋川恐ろしき

忽然と秋水昏るる死の予感

秋の草斜めにのびて咲きそめし

草の花愛し人間嫌ひなり

優男(やさおとこ)泪もろくて萩白き

月満ちて欠けてほつるる穂草かな

少年と少女の恋のゐのこづち

放課後の彼と彼女のゐのこづち

放心といふ刻のあり草の絮(わた)

誰も知らず月に旅立つ草の絮

秋草に臥し傷負へる獣めく

秋草にやや重すぎる夕日かな

故里を発つ眼に揺るる千草かな

大花野うつらうつらと行きにけり

誰もゐぬ花野へ来たり泣くために

故里を恋ふる心の芒(すすき)かな

ふり向けばいつも誰そ彼花芒(はなすすき)

松茸飯(まつたけめし)七人家族たりし日よ

祖父母父母我妹弟松茸飯

すれちがふ人も独りや野路の秋

初老とは四十歳(しじゅう)のことよ秋の風

秋嶺へたつた一人になるために

鰯雲放置自転車並(な)みて錆(さ)ぶ

秋風や別れを言ひに逢ひにゆく

かはほりのひとつ逸(はぐ)るる野分(のわき)かな

野分後こころ鎮もりよく睡る

野分後かはらぬ一樹見て睡る

竹春をゆつくり歩き直指庵(じきしあん)

薄野(すすきの)の波しろがねに月の舟

舟のやうに薄(すすき)の中に小家あり

草の花とにかく一所懸命なり

韋駄天の乗る白雲よ初嵐

夕月より風吹いて来る薄かな

薄野に薄のやうな亡母います

無一物のをとこに似合ふ薄かな

漂泊(さすらい)の終ることなき薄かな

四肢いよよ白くなりゆく秋の風

秋燕(しゅうえん)やコンビニエンス出でし眼に

老い父のいよよ淋しき帰燕(きえん)かな

美しきゆふぐれゆゑの秋思かな

水槽の魚と眼の合ふ秋思かな

今年また一つ齢(とし)とる秋思かな

名月や美しき手の酌を受く

牛の眼の黒きが光る無月かな

やや冷えて京都盆地の良夜かな

宵闇や雨催ひなる眠たさに

死ぬものは死にゆく秋の風の中

爽やかに他人同士でありにけり

隠れ逢ふ小鳥か知れずけふも二羽

自家用車三台肥えすぎた馬もゐる

忙しく水車まはりて馬肥ゆる

人は人鹿は鹿恋ふともし頃

なかんづく鹿の声聞く夕淋し

戦後早や五十五年の泡立草

夢の中にまで背高泡立草

吉兆のごと鷹渡る夕青空

冷やかにルーペを透ける事件記事

冷やかや誰も座らぬ亡母の椅子

シベリアからわがアンテナに鶫(つぐみ)かな

故郷を出られぬバッタ跳んでをり

松虫を鳴かす綺麗な闇がある

隠栖(いんせい)の如き休日秋簾(あきすだれ)

秋風裡かの蓬髪(ほうはつ)は老い父か

秋燈や皆それぞれに哀しみもち

秋燈のひとつに母の在りし日よ

父の灯消え我の灯残る夜長かな

灯火親し迷宮に入るわが推理

生業(なりわい)の背中は鵙(もず)に啼(な)かれけり

鵙の贄(にえ)見る生業の手を止めて

瞑(めつむ)れば故郷はあり稲かほる

稲の香に母のその母思ほゆる

太郎去り次郎も去りし稲の国

水系をとほりゆく月しろがねに

静かなる水系をゆく月の舟

いつ死ぬか知れぬひとゐて星流る

星流る明日屠(ほふ)らるる牛の眼に

寂鮎(さびあゆ)を提げて京(みやこ)に帰り来し

もつ焼きとコップ酒にて西鶴忌

小鳥来てをり死んでゆく人の眼に

色鳥はけふも淋しきひとに来る

色鳥を待ち侘ぶ父の余生かな

わが庭も曇のち晴小鳥来る

鳥渡る古き都の碁盤縞(ごばんじま)

夢に出でかのひと薫る菊枕

朝顔がまた光陰を早うしぬ

朝顔に早やけふが来てあすが来る

温室化効果とかいふ無月かな

虫の音に夜気しつとりと濡れてをり

虫の音と命を刻む時計の音

渓に石拾ひにゆくも秋ゆゑに

美しき石得て嬉し秋の川

蜉蝣(かげろう)に渓あをあをと昏れ始む

蜉蝣の一生(ひとよ)に晴れの二三日

寂しさの蜉蝣の翅(はね)すぐそよぐ

日照雨(そばえ)して先づは紫苑(しおん)を濡らしけり

匂やかな夢を見せばや菊枕

夜雨ありて少し傾(かし)ぎぬ秋の草

ささ波とささら荻聴くしづごころ

愚図愚図としてゐるうちに秋しぐれ

砂浜の砂のくすぐる雁渡(かりわた)し

宵闇の逢ひて来し後の手酌かな

蘭の香や寡婦いとなめる小さき花舗(かほ)

秋袷(あきあわせ)たばこ喫ふのはよしなさい

鈴虫や身ぬちに真水溜るやう

ビル街に何啄(ついば)める小鳥来て

父も子も紫煙くゆらす秋ついり

秋ついり言ひたきことの溜りゆく

疲れてつかれて帰る釣瓶落し

癌検診釣瓶落しの角曲がる

生涯に慟哭一度秋没日

泣き顔は見せぬ約束狭霧(さぎり)の夜

駅まではみんな自転車芋嵐(いもあらし)

秋の雨ガラスの器しまひけり

朝光(あさかげ)に秋蝉の屍も掃かれけり

母逝きて色なき風に父栖(す)める

秋の虹消えし辺りに会社かな

秋蝶を見る眼美人を見る眼かな

パソコンの電源を切る釣瓶落し

邯鄲(かんたん)や半ば醒めゐる耳の奥

なほざりにこほろぎ鳴かす三和土(たたき)かな

ひとと逢ふ霧にともる灯しのびやか

夜業して頬削りゆく男かな

夜業して痛き右手を哀しめる

夜食摂る皆寒き頬をしてをり

話すこと夢のまた夢夜食して

写し絵に竹の春画く嵯峨なれば

鈴虫を聴くうつくしき褥(しとね)かな

鈴虫は死に現し世の夜が来る

青年のこれ見よがしの裸身かな

月今宵これ見よがしの抱擁に

眠さうとも哀しさうとも昼の虫

鈴虫や京の町家が消えてゆく

庭下駄の足裏(あうら)にはかに涼新た

時じくの賀茂のせせらぐ渡り鳥

追ひかけもせぬのに竈馬(いとど)遁走す

トンネルを抜け秋色を深めけり

レモン切るナイフも真乙女も光る

稲妻に中年の貌(かお)鬱と浮く

秋風を残して墓を去りにけり

今も悔ゆとある霧夜のすれ違ひ

息災(そくさい)にせめては酒を温めむ

かきもちに焙茶(ほうじちゃ)の良き秋の午後

夜霧してそそのかされてゐるふたり

秋風や外出(そとで)と決めてあてどなき

霧うごき幕開きのごと今日はじまる

秋しぐれ墓と一緒に濡れてゐる

そこはかと汝が耳かほる夕月夜

そこはかとなくもの思ふ秋の風

待宵やそのつもりなく酔うて候(そろ)

淙々(そうそう)と賀茂から鴨へ秋めきぬ

恋人と賀茂に沿ひゆく秋日かな

しのび逢ふ更待月(ふけまちづき)となりにけり

その夜のこといさよふ月に見られけり

あつさりと別れて昼の月を見て

夜業人おのが手首の脈に触る

夜業して眼鏡だんだん重くなる

亡母に似るおもざしのひと秋の虹

洞窟が色なき風を吸ひて吐く

よく晴れて秋刀魚の売るる日と云へり

秋灯やうつむきがちな自我の影

父ひとつ我ひとつ秋の灯をともす

死ぬもよろし蒼茫(そうぼう)たる秋天下

爽涼の中不機嫌な牛がゐる

月下にて身を削ぐ如く働ける

誰もゐねど誰か来さうな秋の浜

野分なか赤き灯ともる愛のごとく


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