田畑益弘
俳句新作
4月
百とせは生きねばならぬ万愚節
空腹や雲雀のこゑのあるばかり
人間は遂に孤りや鳥雲に
鯛の腹きれいに裂かれ花の昼
目刺噛むその目もつとも苦くして
柳絮飛ぶ束縛の國さやうなら
鳥雲に入る約束は果たされし
古傷の疼く夜雨も木の芽雨
飛行機雲みるみるふやけ目借時
花篝こころ危ふくたもとほる
花篝いよゝ眉月あやしけれ
恋も早や忘れし猫の薄目かな
夭折や燕は雨に低く飛び
淋しさに蛙を真似て鳴いてみる
浄机早や乱れて四月はじまりぬ
薄幸で細魚の好きなひとなりし
宙に消ゆわたしもいつか石鹸玉
龍馬遭難の地とのみ春疾風
清滝の家並ゆかし鮎のぼる
花疲れ忘れて都をどりかな
菜の花やなほ太陽の照り足らぬ
花篝たまゆら舞へる鬼女を見し
飯を食ふかりそめの世に接木して
春眠の歩むほど街遠ざかる
春昼の遅れ癖ある鳩時計
春の鴨一羽旅人さはにして
案外にたのしさうなる残り鴨
少年は俄かに老いぬ鳥雲に
杣人は斧研いでゐる燕来る
花の下吊るせば紐のおそろしき
ユーラシアより海に出し柳絮かな
くちびるの一触即発夜の櫻
渾身を桜吹雪に濡らすかな
桜散る浅き睡りの夜頃かな
われは狂る正気の桜散る中に
一切を水の見てゐし落花かな
路地裏に夕餉のにほひ母子草
都忘れ忘らるゝ筈なきものを
かぎろひて見ゆる筈なき昭和見ゆ
春深く夕暮の鐘ひろがりぬ
吟行の一人はぐるゝ春深く
花辛夷汚れちまつて鄙の空
麦粒腫生れしまなぶた春深し
白鳥の引くこゑ耳にいつまでも
囀や巌となりしさゞれ石
タクシーを拾ふ女人や花しぐれ
沼といふ韻き恐ろし春深く
春深き野に隠れ沼を教へらる
むつつりと漫画読みゐる春の風邪
命なきものも戦ふいかのぼり
花篝三十六峰真の闇
ちゝはゝの忌もあはあはし花曇
ひとづまと訪ぬる奈良の八重桜
花吹雪いま絶唱の最中なる
寝ねし嬰抱けばぐにやぐにや花の夜
終バスに眠り怺ふる花疲れ
生き物飼へと春愁の子に言ふも
モンローの唇厚く春深く
アネモネやモンローの唇半開き
戦はぬ人生淋し蜃気楼
瞑れば頭の中にゐる雲雀かな
落椿かな母の死も父の死も
もぐらにも戦あるらし土匂ふ
草萌や小鳥の墓の白き石
まなぶたを閉ぢても落花眼に感ず
つばくろや閉塞の世の濁り空
鉛筆を噛む癖ぬけず進級す
切れ長の龍馬の細目沖霞む
ふふむ飴まろみまろみて鳥雲に
滾ちつつ一期の鮎を上らしむ
周恩来詩碑もしとゞに花の雨
仏飯を喰ふ捨仔猫喰へばよし
ひきしほに汐木をかへす暮春かな
桃咲いて欠伸の中にゐるごとし
散つてゆく花一片のものがたり
うつつより夢にぞ匂ふ残花かな
濁流を西へ西へと花筏
かの人のその後を知らず花筏
鳥雲にいたく焼けにし昭和の書
亀鳴くや宇宙より船還りきて
永き日の飽くこともなき反故づくり
釣糸のぽつんと垂れし遅日かな
惜春や砂山をまた積み上げて
コンピュータ・ルームに癒えし花疲れ
いくたびも海市を見せしこの世かな
寄居虫のはたして落つる怒濤かな
春深く草色の蛇見失ふ
草色のもの草に棲み春深し
進学し僕から俺になつてゐる
癒ゆるとは目刺齧ればにがきこと
マチネーのオペラに行かむ春惜しみ
若芝や兵士の眠りとこしなへ
ふつ切れし思ひの如く柳絮とぶ
遠浅の海どこまでも朝寝かな
蝶翔ちててふてふとなる日和かな
火の山に火のなきけふを鳥帰る
真剣に働蜂を殺しけり
密かなる逢瀬の後の春の風邪
とこしへの父母の留守春落葉
白湯飲みて六腑やしなふ木の芽時
砂時計3分ほどの春愁ひ
キネマより出れば無聊の遅日かな
花種を蒔きいちにちの栞とす
春泥に漢ばかりの来る飯屋
春泥の小径の果の直指庵
存分に歩きて春の夕焼かな
ひとゝきの名残の雪や奥千本
逃水や引き返すには来過ぎたる
ひきしほの端踏みて春惜しみけり
行春の裳裾のやうな白き雲
行春や煮くづれてゐる湖の魚
木屋町の夜をうろうろと春惜む
朧夜や白梅図子といふ小径
朧夜やろうぢといふも京言葉
ふらここを漕げば瞬く牛飼座
惜春の手をおばしまに橋半ば
行春やイノダコーヒに長居して
日曜の夜のさみしさの遠蛙
月曜といふもの憂さの昼蛙
どの寺の鐘や暮春の東山
寄居虫に忙しき脚ありにけり
行春やたまさかに買ふ時刻表
つがひにて愁ひを分つ春の鹿
虚しさの一隅に蒔く花の種
別るゝや逢ふや霾るこの街に
たそかれを舞妓のいそぐ柳かな