7月

梅雨半ば年半ばなる不如意かな

忘れむと忘れむとして明易き

意志強き蟻の急げる楸邨忌(加藤楸邨忌・7月3日)

楸邨忌正真正銘大落暉(だいらっき)

玻璃越しに涼しいひとと電算機

汝がくれし哀しみを抱く短き夜

火蛾も乗る都心のメトロ終電車

画家若く清く貧しく青林檎

青林檎貧しき画家に描かるる

香水のかほりつよくて淋しさう

ハンカチに出でゆく船の速さかな

大阪にもつ焼きを食ふ暑気払ひ

明易き化粧なほして帰りけり

夕顔がしぼむと帰るひととゐる

泡盛に一期一会もうちとけて

まなかひにおほむらさきの一会かな

メロン出づ祇園のママの機嫌かな

端居して何かぶつぶつ言つてゐる

端居して諸行無常をふと思ふ

旱(ひで)る街愛に飢ゑゐる如くなり

汗滂沱(ぼうだ)不意に虚しくなつて来し

汗にほふ男が女見つむるとき

額(ぬか)の汗なりはひの汗手で拭ふ

茄子(なす)の紺母の生家につながりぬ

火星にも水あるらしき涼しさよ

不器用な左手(ゆんで)いたはる青葉冷え

緑蔭に明眸皓歯際立つも

贈賄と収賄の闇溽暑(じょくしょ)なる

炎天に鴉が哄(わら)ふばかりなり

恥多き古き日記も曝(さら)すかな

水弾く茄子の見事な臀(しり)である

自家製のトマトが好きな駐在なり

つばめの子口の数だけをりにけり

折角の海とて泳ぐ雨中かな

祭太鼓振向きふりむき古里発つ

日盛りを覗けばわたし一人かな

日盛りや蜥蜴の喉(のんど)ひこひこと

眼が合つて割れてしまひぬシヤボン玉

けれんなき向日葵の黄を疎(うと)みけり

サルビアの静かに燃ゆる忌明かな

太白も月も涼しき未明なり

君孤独吾も孤独や青葡萄

肩抱けばうつむくひとよ百合の花

東山低く長刀鉾高し

月鉾の月の煌めく夕青空

月鉾の夜空に射手座南中(なんちゅう)す

船鉾の絢爛豪華たる座礁

はしなくもビールに酔ひて大男

はしなくも惚れてしまひぬ洗ひ髪

反古(ほご)焚いて西日を更に赫うせり

西日射す心の奥の深傷(ふかで)かな

百日草しつかり咲いて月かはる

冷酒にて壊れてしまふ男かな

空蝉のつまるところは砕かるる

噴水の秀(ほ)の白日を眩しめり

日蔭蝶ふと木漏れ日にまぎれけり

蛇苺照るも昃(かげ)るも淋しき日

項(うなじ)より衰へてゆく向日葵も

浜梨や夕日なだるる波幾重

水中花咲く夜も誰か泣いてゐる

もてあます五体満足昼寝せり

生くるもの死に群がれる盛夏かな

ゆくりなく人と生れし天の川

天の川来世は魚(いお)に生れ来む

冷房にひと日現世(うつしよ)忘れけり

冷房密室電脳と戯るる

無言とふ涼しさにあり老夫婦

蚤とつて猫にかまけて父老いぬ

炎昼の裏側昏らきマンホール

炎天下ダイナマイトでビル壊す

梅雨降りて鳩の諍(いさか)ふ大庇(おおひさし)

鬼瓦嬉しさうにて梅雨あくる

夕凪げばサーファーの来るグリルかな

ヨット部員泳いでをりぬべた凪に

殿のさらにしんがり蟻急ぐ

会社とふ墓場に入る涼しさよ

口噤(つぐ)む暑いと云へば暑くなる

母逝きてこだはりもなし古茶新茶

手相見や暗き銀河の三丁目

独り言いつも金魚に聞かれゐる

夕焼に茶髪娘を見失ふ

日の盛りこの町内に人影なし

将棋など指したくなりし夏の月

原色が足りなくなつて真夏なる

三伏の血の池地獄見てゐたる

とりあへずコンビニエンス真夜の夏

ルージュにてティッシュに書く字明易き

花火済みまつ暗な眼をして帰る

真夏日を零(こぼ)るる如く人の死ぬ

一人しか子供を生まぬ西日かな

牛飼座麦星見えて梅雨あくる

野良犬が嗅げども嗅げども旱空(ひでりぞら)

雑草(あらくさ)の背丈みるみる盛夏かな

亡き母をなつかしむため蕗を剥く

群集の貌に分かるる揚花火

ままならぬこの世この身の汗すらも

閉づる音よろしき固き扇買ふ

薫風やポニーテールのリボンの紺

自然死の涼しき面輪(おもわ)拝しけり

享年九十涼しくみまかりしよ

涼しく逝きしよ橋ひとつ渡るよに

門ありて人鎖(さ)しにける五月闇

存分に夏海見むとくるま停む

音立てて飯屋の黒き扇風機

沢蟹や静かな水と刻ながれ

ざり蟹を手に悪童なりし日よ

初蝉を聞けり光陰思ひをり

烏ども黒光りして大暑なり

たまゆらを軽く眼を閉づ端居かな

母逝きて父の使へる籐枕(とうまくら)

病床に団扇一枚遺しけり

熱帯夜少年少女充満す

暗中模索とりあへず山に登る

蝸牛(かたつむり)なに考へてうごきゐる

ダンボール箱にぎつしり炎暑かな

沙羅(さら)の花散りおほせたる清しさよ

わだつみの夜の貌見ゆる網戸かな

昆虫の死のぶら下がる網戸かな

夾竹桃炎ゆる辺りが爆心と

無為徒食ときをり毛虫焼いてゐる

生別も死別もありし夕焼かな

夕焼けて新宿といふ場末あり

愛憎の分かちがたくて凌霄花(のうぜんか)

白き水母(くらげ)海に染まらずゆきゆけり

哀しみに佇つ人あれば水母浮く

漂ひて吾も海月(くらげ)も遊子なり

蝉遠く吾もこの世のはづれかな

鉾町を抜けひつそりと帰りけり

身内(みぬち)へと枝垂るる祇園囃子かな

月蝕に祇園囃子の今滾(たぎ)つ

滾ちつつ鎮もる祇園囃子かな

恋々(れんれん)と祇園囃子の中にあり

恋々と月鉾の辺をたもとほる

風上に祇園囃子の滾ちかな

風下へせせらぐ祇園囃子かな

夏座敷亡母を語りて賑ふも

夕立つてくる飯の香の静けさに

握り飯へ田舎の蝿が飛んで来る

ゴジラより出てくる汗の男かな

強冷房憤ろしさ振り払ふ

昼寝覚やをら煙草を咥へけり

端居して紫煙くゆらすばかりかな

炎昼を忘るるための抽象画

殿(しんがり)はまだ穴の中蟻の列

蜘蛛をれど姿見せねば宥しけり

日盛りのたつた一人の餉(げ)なりけり

日盛りの自(し)が飲食(おんじき)の音のみぞ

造成地さみしき蛇を見かけたる

寂しさや蛇にも後ろ姿あり

二人とは一人と一人星の夜

七夕のいつか一人になる二人

片減りの靴病葉(わくらば)を踏みにけり

世渡りの下手な男の汗と思ふ

捩花(ねじばな)のほとりに逃避してゐます

疲れたる心にやさし捩り花

旱川(ひでりがわ)辿れば祖(おや)の里に到く

青嶺(あおね)越えまた青嶺越え母のくに

どくだみに径(みち)暗みゆく暗みゆく

夏痩せてまことに酒の旨きかな

夏痩せてつつけば鳴れり頭蓋骨(されこうべ)

炎天の一皮剥けば皆髑髏(どくろ)

涼しさや石の欠片を墓とせり(去来の墓)

蝉時雨抜けて無数の墓に到く

炎昼のその極まりの静寂(しじま)かな

アッラーの烈日アッラーの熱砂かな

群集に紛れて暑き孤独かな

くちなしの花汝(な)が嗅げば吾も嗅ぐ

マロニエに日盛りの風あつまりぬ

花ユッカ汝(なれ)ゐるやうに薫るかな

省略して涼しきメール送るべし

海に向く浜昼顔と海女の墓

只ならぬ人炎天に鎚(つち)ふるふ

只ならぬ蝉時雨なり激戦地

皿舐むる西日まみれの犬の舌

詩を書きしよ西日にいたく背を曲げて

端居して夕青空と繋がりぬ

太虚(おおぞら)を円くつくりて蟻地獄

溶接光さなきだに炎昼の闇

サングラス遊び人風に見せたがる

骨相の鏡にうつる大暑かな

白日を蟻闊歩して音もなし

ソーダ水どの席からも海見えて

冷房に入りても修羅場なりにけり

萍(うきくさ)の花なんか見て哀しいひと

河童忌(かっぱき)のわざわざ覗く蝉の穴

騙す男騙さるる女虹いびつ

白夜にて女に煙草教へけり

まだキスもせず百合の香が気になつて

うつ伏せに寝てゐるをんな明易し

鱧(はも)食べて京の七月終らしむ

空蝉を蝉出て行つてそれつきり

いち早く鳴きいち早く死ぬ蝉か

街の音遠し冷麦うまかりし

赤潮を見て邪(よこしま)な恋しをり

晩夏光不思議な刻に眠くなる

百姓の貌に溝ある旱(ひでり)かな

海人(うみんちゅ)の海の道悉る潮焼けよ

カーテンの風に揺れゐる昼寝かな

油照り窓を開くると壁がある

山城のくには盆地で油照り

広島をヒロシマと書き暑くなる

みちのくの所によつて喜雨となる

東北をとうほぐと云ひ旱るかな

ひもじさも戦(いくさ)も知らぬ水着かな

田水湧く大して米も獲れぬのに

帰省子にほどよく高き山のあり

帰省して舗装道路を憎みけり

背(そび)らから向日葵見れば老いてあり

向日葵に項(うなじ)も背なもありにけり

きりぎりすいつも一人の帰り道

老い父の贅(ぜい)なり薔薇に水やるは

王たれと泰山木の花咲けり

ひとつ咲きひとつ萎(しぼ)みぬ蛍草

眠草(ねむりぐさ)君が触るれば吾も触る

生き難く死に易き世に虹懸る

水色の文字で書きけり夏見舞

君何を思ひ煩ふ酔芙蓉(すいふよう)

西方の浄土のあたり稲光

少年と少女の秘密草いきれ

草いきれわたしもけものみち通る

母荼毘(だび)に付す午後二時の草いきれ

キャベツ畑平和と思ふ馬鹿だと思ふ

そして誰もゐなくなつた土用波

老人と座敷猫ゐる扇風機

母病みて死して百日草(ジニア)が咲いてゐた

冷房を効かせて造花売つてゐる

水打つて間口二間の店を守(も)る

愛執のほとりに蝿の羽音せり

風鈴に凪あり吾に祈りあり

胡瓜(きゅうり)齧り少年に野望生る

青味泥(あおみどろ)わたしの心また澱(よど)む

目を閉ぢて唇を待つ合歓の花

合歓咲いて面影となるあなたかな

ひとり目の生徒の消ゆる夏休み

夏蜜柑剥いてしんじつ一人の卓

山椒魚(はんざき)に川面の雲の白きかな

門灯の昏らきに侍る守宮かな

嫌はれてゐるのに井守浮いてくる

片蔭をゆく邪な逢瀬ゆゑ

何も言はず喉(のみど)の奥も夕焼けて

日盛りの町家の奥の暗さかな

豆御飯啄ばむやうに箸使ふ

母逝きて父は己れに胡瓜揉む

切なきほど暮れ美しき胡瓜揉み

茄子漬に亡母とほざかるばかりなり

薄き影ひきて行交ふ冷房車

夕雨に土の香のせる端居かな

解剖の実技の後を泳ぎけり

「資本論」燃やしてキャンプファイアとす

帆走す雲の行方に知多半島

冷酒独酌夕景を肴とす

明眸皓歯銀の匙(さじ)にて西瓜食ぶ


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