田畑益弘 俳句新作


3月

淡雪や白川の風うつくしき

石庭の渦に吸はるゝ牡丹雪

八ツ橋を焼く香りせり春しぐれ

島原の大門抜けて猫の恋

びいどろの魚の色めく春の昼

朧夜の京に図子とふ小径かな

蝶博士蝶を愛して娶らざる

百年の家人見てきし雛かな

瞬かぬこと怖ろしき夜半の雛

春愁や地球儀のごと頭を傾げ

麗かにテレビに泣いてをられけり

梅咲いて長五郎餅冷ゆるなり

白酒を酌む佳き夢を見るために

蛇出でて入るべからざる藪となり

春一の鬼が哄つてをりにけり

春落葉めくれば小さきいのちかな

花種を蒔き幾許もなく逝きしひと

鳥帰る志賀にさゞ波あるばかり

春の雷ひとりゐの昼虚しうす

春昼の窓より覗く我が不在

海ゆ来て海へ去る者かげろへり

我は失せわれは残りてかげろへり

泣きながら片翅の蝶殺むべし

春睡の舟ながながと水脈(みお)曳けり

春暁やすみれ色なる東山

右手(めて)は夢左手(ゆんで)はうつつ春曙

水温むわが身の水も温むべく

鬼追ひて韋駄天の風閃ける

帆を揚げよ風生れ風光る頃

水温む哲学の道たもとほり

ひとところ猫の執する春の土

春泥の縁切寺へつづきをり

春の汐たやすく荒磯(ありそ)没しけり

春の海けぶるたやすく人死して

いづこへと向ふいのちやかげろへり

好日や錦市場に木の芽の香

春のくれ猫待つ家に帰りくる

下京の人中にあり春の暮

麗日や玻璃の向うの人通り

順々に湯浴みも済みし春の夜

かむりたる袋のうごく仔猫かな

冴返る空さはがしき群鴉

春宵の私語やはらかくすれちがふ

春塵や仁王の阿吽ともどもに

春塵や仏の顔に躁と鬱

もうちよつと起きてゐませう春の夜

うららかや床机に敷ける緋毛氈

あたたかや団子食うぶる竹床机

あたたかや割れば粒餡ぎつしりと

陽炎へうしろ姿のつぎつぎ消ゆ

麗かにぶらぶら病かも知れず

太陽に飽きてしまひし汐干かな

亀鳴くや睡魔の襲ふゆふまぐれ

蛇出でて憶ひ出すこと多かりし

蛇穴を出て松島の松のうへ

蜥蜴出で早や石仏に遊びをり

天人の羽衣うすし春の虹

観音の撫で肩に垂る春の虹

切結ぶ真竹と真竹風光る

金色(こんじき)の竹の秋風吹くころよ

しんがりに鬼門の山も笑ふなり

春深しをとこ寝そべる舫ひ舟

にしんそば啜りつ見やる春驟雨

ことさらに海猫(ごめ)さはがしき鰊群来

百千鳥寝覚めよろしき日頃かな

逃水ゆ現れしジェット機天に消ゆ

春眠の底に垂れ来し蜘蛛の糸

春睡の炎の中の金閣寺

顔寄せて良くよく見たる花楓

芽牡丹の触るべからざる炎かな

告天子天のまほらを占めにけり

脳天の奥処の奥の雲雀かな

手も脚も身よりしだるゝ遅日かな

永き日の煮くづれてゐる五体かな

念々に飛ぶ念々のしやぼん玉

駘蕩と黄河の統ぶる陸(くが)なりけり

まぼろしの女よぎりし花篝

別れてもまた逢ふえにし糸桜

銀鼠の雨となんぬる櫻かな

逢ふ筈もなき人さがす櫻かな

糸桜みのもの影に触れんとす

ゆさゆさと空をゆすぶる櫻かな

春愁やひそとかむさる夜雨の音

花の昼蛇口の落とす一滴音


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