6月

太宰の忌ピエロの素顔誰も知らず(6月19日)

きのふけふさゝ濁る水面桜桃忌

沖縄忌風化の岩に雑草(あらくさ)生ふ(6月23日)

夏帽を目深に少女少年か

人ばかり唄ふ酒場や冷奴

唄好きの木屋町のママ夏のれん

風死んで港のバーの灯し頃

葬花へと容赦なく吹く青嵐

祭壇の煌々として火取虫

掌を合せ生くる者みな汗をかく

亡き人のこゑの聞こゆる虹である

虹消えて地下の街へと降りゆけり

虹消えて山の手線に駈込みぬ

虹消えて死顔(しにがお)となる男かな

蛍狩(ほたるがり)不意に淋しき背中なる

十七歳団扇(うちわ)の絵にもこだはれる

家守(やもり)鳴きゆびより睡くなつてくる

蛍の夜十指鋭く醒めてあり

湯上がりへ風より昏るる薄暑かな

巡査にもあぢさゐ寺で通じたり

哀しみを独り堪(こら)ふるサングラス

二の腕の種痘の古ぶ更衣(ころもがえ)

めまとひに好かれ人には好かれざる

きのふけふ冷麦食べて飽きもせず

夏の夜半茶漬は独り食ふべけれ

麦秋のまたぞろ抜ける永久歯

緑陰へ終りに近き鼓笛隊

星涼し終着駅の灯が消ゆる

朝焼けて新宿といふ廃墟かな

彼は誰れの猫の愕くなめくぢり

またしても降りみ降らずみ蝸牛(かたつむり)

思はざる訃報へと夕立つて来ぬ

二十八年生水飯など知らず

梅雨空にもつ(臓物)焼いてゐる大阪よ

夕焼けて振り子のやうに帰り来る

をみなをとめをんなもすなる神輿(みこし)かな

恍惚と祭のをとこ汚れけり

恋人に一口呑ます缶ビール

夕景の夜景に変るビールかな

透きとほる五十二階に鮎食べし

新宿はいつも誰そ彼れ夏落葉

明易きひと知らぬ間に化粧(けは)ひをり

ベランダの入日の紅の乳房かな

曝書(ばくしょ)してなつかし暫し読み耽る

曝書して命の次に大事な詩

訣(わか)れけり短き夜をゐ明かして

昼寝覚この世に息をふきかへす

小一時間遁世として午睡かな

影もたぬ蛇の過りて正午なり

みんな不幸で西日のバスに揺られをり

長閑(のどけ)さや何くちずさむ運転手

敗北のながき西日の更衣室

驟雨(しゅうう)過ぐ別れを少し遅らせて

賽銭の音からからと旱(ひでる)かな

夕べまでまだまだ遠き蛙(かわず)かな

ガム噛んで頬杖ついて昼蛙

旅枕馴染み始むる遠蛙

死ぬまでの永き退屈昼蛙

図鑑より抜け出て游(およ)ぐ熱帯魚

泳ぎをりファッション雑誌ぬけだして

泣きさうな貌の金魚を愛しけり

かにかくに小さき幸なる豆の飯

瀬田蜆(せたしじみ)ひさぐ媼(おうな)に通り雨

いづくより揚羽入り来し読経かな

遺されし族(うから)の集ふ麦酒かな

百日紅盛りのままに忌明(きあけ)なり

噴水に千の侏儒(こびと)ら跳ね遊ぶ

夏の雲神の眉間に皺が寄る

宿浴衣ここにも銀座通りかな

赤ん坊はいつも跣(はだし)で天を蹴る

昼寝して大きな足となりにけり

滝壷を覗く目見(まみ)より冷えてくる

墓山の白蝶の舞ふ空気かな

忌み明けへ蜻蛉の如く集ひけり

あの世とは涼しいところ柩窓(ひつぎまど)

虫かごの虫を逃がして喪に籠(こも)る

父と吾と骸(むくろ)の母に明易し

母の骨摘みて零(こぼ)す熱砂のごと

屋根裏の鳩のこゑより梅雨に入る

白南風(しろはえ)に煽られてゐるキャミソール

三輪車置いてけぼりの入道雲

故郷の空のあなたの蛙かな

水のないプールの底に水の香せり

昼寝覚古きキネマに雨が降る

屋上に蝶の来てゐる梅雨入晴(ついりばれ)

黄昏の噴水の辺(へ)に解散す

噴水のとまりし水面(みも)の星夜かな

ソプラノの独唱聞こゆ花氷

尼寺に好かれて蛇の入りゆけり

蛇の衣脱がれてありし縁切寺

御所の蟻蛤御門(はまぐりごもん)より出でず

湖心へと彼と彼女のボートかな

寄せ波と引く波を聞く夏料理

半分は氷の嵩(かさ)の夏料理

母のくに夕焼け柔し母在らず

五体とも重たくなつて梅雨に入る

若者の自死ひとつある梅雨入かな

漱石の髭などおもふ毛虫かな

静かな人静かな卓の青葡萄

アカシヤ咲き聞けば儚き話かな

母の死後三年咲かぬダーリアよ

ふたりともリキュールが好き薔薇が好き

青嵐死にたき者は死ねと吹く

人形の踊る時計の白夜かな

リキュールに燃ゆる西日も呑み干しぬ

火蛾ゐてもゐずとも我が灯哀しけれ

火蛾ひとつテールライトの赤さかな

美しき火蛾に生れて紅灯に

夜釣人莨火(たばこび)借りてより親し

炎天を口が見上げてをりにけり

炎天をゆく我が影も業(ごう)を負ひ

祭若衆(まつりわかしゅ)洗ひ鯉にてねぎらはる

まだ青き夕空のある胡瓜もみ

東京におもひであらず虹薄き

西日中己れに腹を立ててゐる

梅雨空に会へばなかなか愉しかり

寂しさに毛虫を焼きて罪深し

ゴヤの裸婦こちらの裸見てをりぬ

緑蔭を人まどろみて私有せり

梅雨空にいつもコントラバスの音

梅雨空のかなたも梅雨の選挙かな

屋根裏にセロ弾きのゐる梅雨かな

五月雨(さみだれ)に太宰治のやうな人

白靴の先より昏れてくる都心

夏料理パセリの森に風そよぐ

風の色水の色なり蜻蛉(とんぼ)生れ

そよ風に蜻蛉生れてをりにけり

能面のやうな貌(かお)して涼しいひと

能面展涼しき貌になりて見る

たまゆらの雲間の青き梅雨の月

麦秋の五臓の一つ病みてあり

梅雨曇るコンクリートの塀がある

人を愛して金魚の寡欲羨(とも)しき日

梅雨に入り密かに吾は心病む

颯颯(さっさつ)と鮎美しき骨になる

宙吊りにされたる如く淵泳ぐ

神学校真昼より薔薇昏れ始む

北上し梅雨を抜けたる車窓かな

飛行機にこんなに乗って雲海に

揚羽ゐて虎視眈々の三毛である

虹のなか音なく果つる砂時計

梅雨寒の猫の背中のまろさかな

梅雨曇りいよいよ狭き世間かな

ほろ苦き湖(うみ)の魚(いお)食む桜桃忌

眠さうに水面の濁る太宰の忌

祭笛吹く切れ長のをとこかな

大伽藍(だいがらん)鳩にも梅雨のこゑありぬ

痩身に羅(うすもの)を着て不仕合せ

花火会に昔のひととめぐりあふ

ハンカチのすべてを語るデッキかな

揚羽失すビルの間(あわい)に虚空あり

泪目に糸蜻蛉など見えませぬ

涼しさの去来の墓にまみえけり

梅雨ゆゑに諦めしこと二つ三つ

工夫の背韓(から)くれなゐに西日かな

薔薇いまにもくづれさうな愛である

夕凪いで女を口説く老水夫

芥子(けし)咲いて早や夜も白む午前四時

かなしみは空蝉の背のまろきこと

存分に書き殴つたる夏雲かな

羅を着て幸薄きをんなかな

話さねばしんしんと椎にほふかな

昼寝して心に隙(すき)をつくりたる

べた凪の沖へ沖へと昼寝かな

水底に坐る如くに昼寝せり

炎天に総身ぐらりと出でたるも

立ち眩む如き炎天の昏らさかな

我が影が我を支ふる炎天下

雷神も明石大橋渡りけり

吐息のやうに夕焼けの褪(さ)めてゆく

三世代集ひて眺む遠花火

勝利のビール頤(おとがい)も濡らしけり

若者が弾(はじ)けて死んだ夏の星

足裏(あうら)より疲れて蝉を聞いてゐる

涙腺の過敏な一夜風鈴も

哭く髑髏(どくろ)哄ふ髑髏の熱砂かな

青嵐天竜川を渡らふも

仏間てふあらぬ所に油虫

炎天の坂ゆく心傾斜して

植物に水やる己れ夏嗄れて

生き様といふべき汗を独り拭く

蜷(にな)うごく貧しき野川覗きたる

貧しさは寂しさなのか川蜷よ

麦秋の妙にざわめく心かな

死をせかす風鈴と思ひて外す

言ひさして夕焼け褪めてしまひけり

西日して己れの影を脱け出せず

鉄塔に深く刺されて梅雨曇る

炎昼の凸面鏡に歪んでゐる

少女細(くわ)し糸蜻蛉すら怖がりて

鉛筆をさらに鋭く蛍の夜

籐椅子に猫侍(はべ)らして父老いぬ

葬の灯の真夜も漏れゐるカンナかな

わたくしの川わたくしの川蜻蛉

野犬の舌いよいよ赫き旱(ひでり)かな

をとこ死にをんな存(ながら)ふ鉄線花

極道になれず夜店に飴を売る

をとこ独り嘆かむと酌む冷し酒

恋人へ妬心の如き凌霄花(のうぜんか)

火の性(さが)をうとむ涼しく生きたかり

中年の裸体いよいよ荒寥たり

寝返りに夏蒲団また裏返る

夏蒲団五臓六腑に掛けておく

水母と書きくらげと読むは悲しけれ

昼ながら水母見し眼は睡くなる

とこしへに寄辺(よるべ)を探す海月なり

寄辺なく二億年後もくらげかな

揚羽蝶過りし後は何も無し

人の死の跡形もなく夕凪げる

蝸牛(ででむし)のうごくを見つつ老けてゆく

昼深き蝸牛(かたつむり)のみうごきをり

二人して林檎齧(かじ)りし絆かな

雪渓を一期一会の人とゆく

打ち水や小さき店出す小さき幸

昏るるまで海を見て来て鮑(あわび)食ふ

だんだんとおほげさになる蛇の話

知らぬ間に四十路の半ば泳ぐかな

走馬灯愚かに齢(よわい)重ね来し

もの思(も)ひに竹の葉の散るばかりかな

日焼けせぬをのこのすなる化粧かな

零落のをとこ訪ぬる日傘かな

長生きの家系らしくて黴(かび)臭し

風鈴に凪とささ波ありにけり

風鈴の風をよろこぶ臨終なり

青葉闇生家の暗さへと繋(つな)がる

夕永し猫を探しに行つたきり

明易し姿匿(かく)してゐたいのに

明易き昨夜のゴミの歌舞伎町

明易き風窓のある安ホテル

碧眼の大道芸や梅雨晴間

夏至まひる全ての時計一つの刻

少女A化粧落として帰省せり

群れてゐてそれぞれ孤独熱帯夜

似たやうな臍(へそ)ばかりなり紐水着

清水飲み乙女も胸を濡らしけり

あぢさゐの終ひのいろにけふも雨

大挙して蟻の襲へる一死かな

がら空きの電車西日が透けてゐる

須佐之男の祠(ほこら)あるのみ青葉闇

来し方はいつも雨降り合歓の花

日雷(ひかみなり)吾に聞こえず老婆聞く

蝉の穴覗く不眠の男かな

西日の部屋妬心の如きもの燃ゆる

有耶無耶に別れてしまふ梅雨の闇

倶会一処(くえいっしょ)信じて別るくらげの夜

サングラス森羅万象遠ざけて

老い父の頑固一徹扇風機

倖せは傍若無人の蝿も宥(ゆる)す

子かまきり雲散霧消して生くる

美辞麗句聞かされてゐる花氷

香水のつよき外交辞令かな

緑蔭に身体髪膚(しんたいはっぷ)静まりゆく

左見右見(とみこうみ)迷子の蟻が地図の上

蟻の国一心不乱とふ狂気

西日中満身創痍とも思ふ

内柔にして外剛の汗しとど

青葉して輪廻転生思はしむ

美しき沈思黙考梅雨の蝶

子かまきり自然淘汰の世に散れり

六腑へと一気呵成の麦酒かな

夕焼けて悲喜こもごもの一日昏る

午睡より醒めてふたたび四面楚歌

昼寝覚一切空の世に帰る

いつしかに若くなくなる走馬灯

蝸牛(ででむし)に行く先のありうごきをり

無人駅つばめの駅とみんな呼ぶ

束の間の一つのこころ蛍の夜

暫くをしんじつ孤独昼寝覚

をんなにはをんなの匂ひ虎が雨

ビル街に半死半生の蝶拾ふ

序破急と竹の葉の散る光かな

蓑虫(みのむし)が孤立無援の空に揺る

涼しさの馬耳東風でありにけり

遠花火もう揚がらざり一切空

サルビア燃え一触即発の唇

梅雨永き鏡の吾に見られをり

梅雨闇に象牙の塔の窓がある

長梅雨や四角い部屋の四角い窓

捨仔猫十中八九拾はれず

冷し酒捲土重来云ふばかり

一件落着蟻が運んでゆきにけり

汗で湿る札を貧者の一灯とす

未来とふ曖昧模糊へ背泳す


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