俳句 田畑益弘俳句の宇宙

俳句 田畑益弘俳句の宇宙
俳句作品集 壱

田畑益弘 俳句 初期作品

田畑益弘の若き日の俳句を投稿入選句を中心に編集しました


死の際(きわ)も翔ばむとしたる化石の蝶 (「週刊読売」、松本恭子選)

クローバに轍(わだち)も夢も残しけり ( 〃 )

蛍火の流るる闇に続く闇 ( 〃 )

思ふこと言はぬ哀しさ夜の噴水 ( 〃 )

美しき数式はあり秋の雲 (朝日俳壇初入選、金子兜太選、昭和63年)

夜の蟻這(は)ひて白布を哀しうす (朝日、兜太選)

なめくぢりいかに死ぬるか問題ぞ ( 〃 )

ひとつづつ冬芽の影や少年期 ( 〃 )

香水の妻外出す灯はそのまま (「週刊読売」、恭子選)

青リンゴ妻の歯型に光あり ( 〃 )

緑陰や二人ときどきものを言ふ (朝日、加藤楸邨選)

空中に指で書く文字五月闇(さつきやみ) (「週刊読売」、恭子選)

二日月(ふつかづき)妻のうなじは病み上がり ( 〃 )

曇れども空に石榴(ざくろ)を割るちから (朝日、楸邨選)

合図めいて春灯闇に点滅す (読売俳壇、清崎敏郎選)

倖せか余白の多き日記果つ ( 〃 、森澄雄選)

明日はもう無いかも知れず冬夕焼 (朝日、楸邨選)

夜の蟻疲れ過ぎても眠れない ( 〃 、兜太選)

解けさうで解けぬ数式梨の芯 (読売、澄雄選)

新しきワイシヤツ硬し朝の蝉 (毎日俳壇、岡本眸選)

少年の日のローマ字日記鳥雲に (毎日「楽句塾」、黒田杏子選)

招かれざる客として居(お)り熱帯魚 ( 〃 )

大いなる緑陰にしてバッハ鳴る

晩夏光懺(ざん)の涙も垂るるべし (朝日、兜太選)

ビルといふのつぺらばうのゐる寒さ ( 〃 )

古池も純粋な青十月よ ( 〃 )

背なの荷を降ろす背なにもしぐれけり (「俳句朝日」、石原八束選)

夏負けや仁王が踏まふ天邪鬼(あまのじゃく) ( 〃 )

さよならにかへて言ひしよ風邪引くな (朝日、兜太選)

美しき真顔に遇ひし雪の町 (朝日、川崎展宏選)

ひとりぽつち雪降りし夜を数へをり (朝日、兜太選)

しやぼん玉午後のまろび寝つづきをり ( 〃 )

昼蛙(ひるかわず)面白くない寝るとする ( 〃 )

耕人のたまたま笑ふ乱杭歯(らんぐいば) ( 〃 )

日照雨(そばえ)には日傘をさして先斗町 (朝日、展宏選)

恍惚と炎ゆらめき毛虫焼く ( 〃 )

故里の先づはおはぐろとんぼかな (朝日、飴山實選)

美しく瞑(めつむ)るひとに水は春 (朝日、兜太選)

無月にてビルくろぐろとひとを吐く (朝日、楸邨選)

毟(むし)られて削られて山笑ふもんか (朝日、展宏選)

バナナ食ふ遠き戦争父にあり (朝日、兜太選)

冬の蝶大きあを空残しけり (朝日、楸邨選)

友情と冬の太陽あてにせず (朝日、兜太選)

鳴く鹿に小糠雨(こぬかあめ)降る宵も来ぬ (読売京都俳壇初入選、昭和48年)

淡雪を掌(て)に受けてみる掌の温さ (「週刊読売」、恭子選)

レンズに土星蒼かりし湯冷めかな (朝日、兜太選)

ひしひしと石積むが見ゆ原爆忌 (朝日、展宏選)

よく笑ふをんなは母よ路地焚火 (朝日、兜太選)

レモンとも君の乳房とも思ふ ( 〃 )

葛(くず)咲いて密かに折れるけものみち (朝日、展宏選)

枯蟷螂(かれとうろう)なほ怒気残す夕日影 (「俳句朝日」、八束選)

啓蟄のグレゴール・ザムザと申します (「俳句」、有馬朗人推薦)

噴水に隠れたるキス永からず

母の日のグツピーのゐる台所 (「俳句」、杏子選)

林檎剥き雪のにほひと思ひけり ( 〃 )

サルビアや地球の中は炎えてをり ( 〃 、和田悟郎選)

死ぬ人に風を送りし団扇(うちわ)かな ( 〃 、神蔵器推薦)

風邪引いてガラスの器怖れをり ( 〃 、悟郎選)

約束の刻(とき)を守りし白息よ ( 〃 、杏子選)

噴水となるまで水の漂へる ( 〃 、朗人推薦)

重さうに銀行のある寒暮かな ( 〃 、草間時彦推薦)

近づいて見て水中花屈折す ( 〃 、悟郎選)

花咲いて祇園の夜空燃え易し (NHK俳壇「京都歳時記」、丸山海道選)

三条に大橋小橋しぐれ過ぐ ( 〃 )

四条にて茶房に入りぬ花の雨 (「俳句朝日」、展宏選)

また一つ莫迦(ばか)になりますお正月

山桜晨(ひかげ)ればすぐ颪(おろし)かな ( 〃 、八束選)

廃線のレール越すとき陽炎(かげろ)へる ( 〃 、展宏選)

特急が通り過ぎたり冷(すさ)まじき

蟻穴を出て信長の草履の上 (NHK俳壇、鷹羽狩行特選)

美しき距離ハンカチのなほ振られ ( 〃 、狩行選)

父が炊き母に供ふる零余子飯(むかごめし) ( 〃 、廣瀬直人選)

早すぎる死やつばくろの翻(ひるがえ)り ( 〃 、杏子選)

蚊の声すわが哀しみの一点に ( 〃 )

燗酒やをとこの自伝皆哀し (第七回「路傍の石」全国俳句大会入選)

都心より人間と犬青き踏む ( 〃 )

近道と思ふ朧(おぼろ)へ曲がりたる (第十回奥の細道サミット俳句大会入選)

好きだから意地悪をせしゐのこづち (第十二回国民文化祭俳句部門秀逸)

山眠りゐて石英は水晶に (第二回歳時記の郷・奥会津全国俳句大会入選)

ホメロスを読まばや春のひかり充つ (朝日、實選)

囀(さえず)りに携帯電話まじりをり (第十回奥の細道サミット俳句大会入選)

蝿とんで清少納言筆止める (第五回読売俳句大賞入選)

夜の蟻まぶた重たくなりにけり (第五十一回芭蕉祭献詠入選)

滅ぶとは踏むもののゐぬ雪のこと (第十二回国民文化祭俳句部門入選)

冬海に真向ふ鬼の面つけて (第五回西東三鬼賞入賞)

もう一人詰めれば座れおでん酒

足早にひと美しく冬に入る

亡骸へ殺陣師(たてし)の吹かす空つ風

かぐや姫帰つてしまひ山眠る

花冷えのつながつて出るティッシュかな(NHK、藤田湘子選)

哀しかり冬の獣を見てをれば

少年の蹴りし空き缶晩夏光

母逝きて居間どこからかすきま風

夏の灯に男しみじみ老いにけり

また一人ぽつち冬星同じ位置

林檎剥くすでに女のゆびをして

臨終ののち風鈴の鳴つてをり (NHK、杏子選)

サングラスいまだに坊(ぼん)と呼ばれをり ( 〃 、湘子選)

後ろより牛に鳴かるる盆の月 ( 〃 )

少年の独り見にくる目白の巣 (「俳句朝日」、稲畑汀子選)

兎出てと見かう見せり関ケ原

字余りの如く雨降り冬あたたか

虚空へと放る独りの雪礫(ゆきつぶて)

端居(はしい)して一句考へたりもする

秋風や忘るるための備忘録

滝壺を覗(のぞ)く魔界と思ひつつ

星のごと子等の眸(め)ひかる火の用心

秋日傘つかはぬうちに暮れて来し

をんな子は鵜匠(うしょう)を少し憎みけり

サングラスかけてこの世を横切りし

蝸牛(ででむし)を忙中閑と見てをりし

原爆忌けむりがぽつと火になりし

南座を出てかんじんの酸茎買ふ (「俳句」、杏子選)

終戦忌知らぬ豚児(とんじ)のあかんべえ

ブルースは暗く重たく蛇穴に

校庭に花理科室にスケルトン (「俳句」、矢島渚男選)

潮騒を聴きつつレモン買ひにけり

目高みな瞬(またた)く如く向き変ふる (「俳句」、渚男選)

春逝けどしまらく春の句をつくる

ともしびの如くつけらる愛の羽根

夏海に安き指輪を失くしけり

首輪なき犬と眼の合ふ寒さかな

止まるまで廻されてゐる独楽(こま)哀し

すれちがふ裳(チマ)純白の初夏よ

冬帝(とうてい)の硬き沓音(くつおと)聴く夜なり (NHK、湘子選)

渋滞に霊柩車見る秋暑かな

ミステリー佳境に入りて虫消ゆる

敗戦忌修(なお)されぬ河牙むいて

迷路とは一本の道薔薇昏(くら)し

花の名も知らない癖に花野ゆく (「俳句」、悟郎選)

迷子泣いて菊人形にもの言ひぬ

紫は恐ろしき色寒暮が来る (「俳句」、渚男選)

滝の音少しく離れ滝を誉(ほ)む

詩人にはならずあの日の秋の雲

賀状来て寧(むし)ろ君との距離思ふ

親と子の断絶涸(か)れし滝がある

秋あはれ脳の輪切りを見られをる (NHK、湘子選)

夏雲やぐいとポパイのちからこぶ

太陽より大き向日葵(ひまわり)絵日記に

無人島に人見えて夏立ちにけり

秋空やわがカナリアは幸せか

夜は秋の人工衛星うごく見ゆ

死後のこと考へてゐるしやぼん玉 (NHK、杏子選)

炎天に水じつとして死を待てる

君恋ふや枇杷(びわ)の実の皮薄すぎる

秋の灯に腕(かいな)の疵の古さかな

二人より三人生(あ)れし曼珠沙華

青年は敢へて冬野をゆきにけり

胃カメラに覗かれてゐる無月かな (第七回「路傍の石」全国俳句大会入選)

春愁の人差し指のやじろべゑ

黄身食べて白身残す子朝曇り

青蔦(あおつた)の一葉一葉にショパン鳴る

夏河を女が腰に徒渡(かちわた)る

もう誰も通らずなりし誘蛾灯

お化けより汗だくの人出て来たる

ふらここに登校せざる一人かな (「俳句」、時彦選)

新涼の砂丘のおもて砂走る

鉾町を遠ざかる耳澄ましゐる

初めてのクレヨンに咲くチューリップ

夏のれん揺れて女将(おかみ)と招き猫

位置変へず父座しいます夜長かな

百年の京都大学若葉せり

秋夕(しゅうせき)や地下鉄を出て人の海

これからも一緒と思ふ朧かな (NHK、杏子選)

若葉して欠席多き文学部 (「俳句」、朗人選)

冬の日が割れし鏡に割れてゐる ( 〃 、悟郎選)

焼酎や真つ暗闇に東山 (朝日、兜太選)

コンクリートジャングルに春告ぐべし ( 〃 )

人生の真ん中あたり踊るとす ( 〃 )

秋少し素肌かよへる風に住み(落柿舎献詠入選、角川源義選、昭和47年)

マスクして少年の耳紅潮す (「俳句朝日」、八束選)

少年に早や喉仏(のどぼとけ)初蛙 ( 〃 )

麗らかに五分遅れて逢ひに来ぬ

女傘二本まじりて桜桃忌(おうとうき)

見をさめの蝶と行合う芭蕉の忌

家内(いえぬち)にちちろ鳴きをり鳴かせおく

昼顔や恋の砂文字大胆に (黛まどか選)

斜塔見るわが頭(ず)も斜め秋高し

寒い壁前衛劇のポスター貼る

忘れ得ぬ恋かな雪に雪降れど

初恋やビルのあはひに遠花火

青年の眸(め)に春海(しゅんかい)の荒れやまず

日焼して齢(よわい)隠すとのたまひぬ

揚羽蝶バッハの朝を翔びにけり (「俳句朝日」、八束選)

耳塚や人去ればまた虫の闇

人生は永き退屈水中花

つれづれに夜爪(よづめ)を切りて秋深き

老い父の寡黙なる酒終戦忌

踊りの輪囲み踊らぬ輪のできる (「俳句朝日」、八束選)

手花火の向ふ三軒ひとりつ子 (朝日、展宏選)

穀象(こくぞう)も知らでこの子の米嫌ひ (朝日、展宏選)

裏の裏表とならぬ日陰街

きりぎりす稽古不足の台詞(せりふ)あり

春愁や阿修羅の眸(ひとみ)つむらざる (黛まどか選)

寝てゐても腹が減るなり昼蛙

風鈴と母の遺影に夕風来よ

入つてはならぬ涼しき蔵ありし

西日愚か破(や)れポスターにひらひらす

噴水を立ち上がらせて園ひらく (「俳句朝日」、展宏選)

死に顔にほほゑみありし良夜かな ( 〃 、八束選)

落花見て嬰(やや)おとなしき時間かな

もの言はぬ病蝸牛(ででむし)を見てゐる (「週刊読売」、恭子選)

春泥を行くも戻るも淡海(おうみ)なる

朝顔や密かに死んでしまふ夢

鶴渡り来や天空に大き門 (「俳句朝日」、展宏選)

南座を出で短日の人となる

草笛を吹きて自ら驚ける (NHK、湘子選)

秋日傘影もきりりと歩きけり

メガホンの声の内なる遠泳子

京町家(まちや)奥に鈴虫鳴かせをり (朝日、實選)

青年の春の焚火に写真燃ゆ

独り寝の枕の中の虎落笛(もがりぶえ)

冬の孔雀少なき人を集めをり

短日の穴掘る男穴に入る

皺の数ふえたるやうな冬の象

門衛の門鎖(さ)して去(い)ぬ十三夜 (「俳句朝日」、展宏選)

海なりし八重洲の空の鰯雲

灯を消して水着の痕(あと)の白さかな

短日の犬に曳かれて人過ぎぬ

晩夏光山も我らも背は昏(くら)し (朝日、兜太選)

冬凪(ふゆなぎ)の舟より美空ひばり鳴り

忘れざる一行詩あり秋の雲

京よりも湖国温(ぬく)とし義仲忌

着膨れて見る駅伝の眩(まぶ)しさよ

自転車でとほくまでゆく小春風

地下街にまた地下のある室(むろ)の花 (NHK、直人選)

茂りつつ鬱といふ字に似てをりし(三社合同吟行会、「俳句朝日」特選)

旅めくよ男やもめの缶ビール

かくれんぼ鬼のままなる冬夕焼

乙女らの声嗄(か) れてゐる愛の羽根

露台より手を振り振られ相識(し)らず

草の花電車とほると揺れにけり

サルビア燃えて女の嘘がつみかさなる (「週刊読売」、恭子選)

バター解(ほぐ)れて学生妻の冬休み ( 〃 )

寒昴(かんすばる)ぎつしり最終バスを待つ ( 〃 )

眸(め)を見れば眸を見る刹那(せつな)遠花火 ( 〃 )

爪楊枝(つまようじ)咥(くわ)へて暫し半裸なる

 

※ 朝日俳壇、読売俳壇、毎日俳壇、NHK俳壇、俳誌「俳句」、

「俳句朝日」、「週刊読売」に発表したものより抜粋した。

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じやじや独楽の芯をまろめて鎮(しず)めたる

吉(よ)き日々を映してくれろ初鏡

白地図に蟻や滅びし世を想ふ

いまも揚がるわが頭(ず)の中の凧青し

初夢や真白き亡母(はは)を見しやうな (「俳句」、鍵和田釉子選)

母逝きし年を背中に寝正月

手鞠唄(てまりうた)聞こえて北風(きた)もをさまりし

初旅と思ふ湖国の水明り

崖つぷちの決断ありし寒夕焼

白秋の空にさざ波逢ひたしよ

裸木のひた待つものを吾も待つ (「俳句」、渚男選)

梅雨大河空を失くして流れけり

亡母のこと先づは云はれて泣き初めし

眼を擦(こす)つてもこすつても五月闇(さつきやみ)

靴紐を結きなほせり大枯野

夕焼る鹿の眸(め)カナリアと同じ眸 (「週刊読売」、恭子選)

戦争も戦後もとほき蛍かな (「俳句朝日」、八束選)

翔(た)たむとす鳩も写りし初写真

花の下闇に蓋するマンホール

冷酒やコツプに透ける哀しき世

餅浸(つ)けて厨(くりや)の隅の刻とまる

顧みて遠火事のごと恋ありし

水澄みて近江の叔母を訪ねけり

長椅子の端の冬日に腰を掛く

若者の悲鳴の如き花火なり

寒すぎる一円玉の地に光る

満月の大往生の畳なり

思ふとはもの言はぬこと雪しんしん

スケート靴脱ぎし十歩が遠くなる

緋のコート空似(そらに)と思ふ思ふべし

西鶴忌浪華(なにわ)のビルのあはひかな

生返事ばかりしてゐる毛糸編み

新しき恋得て日記買はんとす (NHK、杏子選)

ほつほつと賀茂に語らふ四温なり

夜の蟻親不孝者うづくまる

灯を消して屏風の虎を潜(ひそ)ましむ

巻癖の残る暦も飾りかな

合鍵は愛の鍵なりクリスマス

冬蝿の目玉重たく歩きけり (朝日、兜太選)

冬芽(ふゆめ)見てこころのどこか濡れてゐる

病葉(わくらば)やビル風といふ嫌なもの

雪踏み踏む生くるとは悔しいこと

くちなはを怖れて神をおそれざる (「俳句朝日」、東京俳句大会入選)

半玉(はんぎょく)の寒紅(かんべに)笑まふ箸転び

花野ゆく巨(おほ)きな雲の影の中

来世まで冬眠すると云ひにけり

釘抜けばくの字となりて冬終る

物干しに猫の寝てゐる小春風

過信かも知れず籐椅子(とういす)揺らしゐて (「俳句」、杏子選)

ブランコの軋(きし)む音する銀河かな

冬籠(ふゆごも)る雄螺子(おねじ)をきつく締め直し

一億の犇(ひし)めいてゐる暑さなり

籠内(かごぬち) のカナリアの鳴く秋の空

痂(かさぶた)の痒(かゆ)さに寒の明けんとす

やや後れ子の手を引きて春袷(はるあわせ)

人生の漠の中なる雪崩音(なだれおと)

亡き母の声したるよな雪の果(はて)

失策をして遊撃手かげろへる

虹見つつ嬉しい嘘もあると云ふ (NHK俳壇、黛まどか選)

春愁やキリンの睫毛(まつげ)ながすぎる

枇杷咲いて淋しいときも微笑める

寒雲と同じ色なる象を見る

君に逢ひたし初秋の雲ゆくよ

人生は錯覚逃げ水追うてゐる

吾輩は恋の猫名は要りませぬ

文化の日黙つてをれば女なる

落蝉の風に転がるばかりなり

爽やかに忘(ぼう)じて老いし父います

昏(く)れてゆく人亡き後の軒氷柱(のきつらら)

更地(さらち)より更地へとんで寒烏(かんあ)かな

わたくしはあなたになれぬ春愁ひ

少年か少女かそこの冬帽子

青踏むや寺山修司ポケットに (NHK、杏子選)

嵐電(らんでん)にゆつくりいそぎ青き踏む

燕来る同窓会の通知来る

黙々と冬蟹(ふゆがに)食へば怒涛音(どとうおん)

くちびるのぶ厚き頑固耕せり

水仙に水底(みなそこ)のごと昏れて来し

しやぼん玉可愛い息の充満す

蚊喰鳥(かくいどり)視野はみだして飛びまはる

日本晴れにきちきちの音高し

かげろふのくにへと鉄路つづきをり

しまうまにしまうままじりかげろへり

夜の蟻やホームシックといふ病(やまい)

底冷の底より比叡(ひえ)を見遣るかな

きつと一人つ子夕焼(ゆやけ)のハーモニカ(「俳句」、渚男選)

祭笛嫁ぎしうはさ聞きにけり

犬吠えて誰あれもゐない秋の暮

子が画く父の生業(なりわい)の日焼顔

病葉や過ぎ去りしもの今も過ぐ

秋燕や日時計の影鋭角に(NHK、湘子選)

向日葵(ひまわり)咲く疑ふことを知らぬ子に

寒月を怖がる君を送りゆく

石蕗(つわ)の黄に見をさめの蝶まぎれけり

秋灯下(しゅうとうか)己(おの)が身の影意識せる

窓に寄る彼女の秋思ふと見たり

わが素秋(そしゅう) 山に登りて海を見る

一周忌今年の蝉も盛りなる

比叡見て愛宕(あたご)を見たる寒さなり

三叉路(さんさろ)の蝶の選びしみちえらぶ

秋の夜を亡母(はは)読みし本父の読む

誰を裏切つて来たのか雪激し

春灯の明滅なにか言ひたさう

冷し酒叱つてくれし母杳(とお)き

梅雨といふ重たきものを頬杖に

冬園の逍遥学派なるひとり

トンネルの闇よりまろき朧見ゆ

指輪あと夜目にも白き遠花火 (「俳句朝日」、展宏選)

昼花火碧空(へきくう)になほ届かざる (京都俳壇初入選、昭和47年)

こほろぎの潜む屋台を曳いてゆく

冬の灯を消さで寝たる子人形抱く (「俳句」、杏子選)

荷のひよこ荷の中に鳴き春寒き

たまさかの墨書の滲(にじ)む朧の夜

止まり木に来てはお寒いことを云ふ

灯火したしゆびの子狐親狐(「俳句」、和生選)

とまるとき蝶に重さや草の花

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※未発表作品を中心に、自選した。

1998年10月制作

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